上 下
89 / 198
三章 破滅のタルタロス

ぐったりばったり

しおりを挟む
「……やっぱりもう無理」
チャポンと水が跳ねる音を聞きながら自分は身体を湯船に沈める。
「まぁそりゃそうだな……」
「……疲れているのも当然だ。正直俺も寝たい」
ショウがバシャリと桶の水で身体を流しながら言う。レンターは自分と同じく、湯船でぐったりしている。
「そういやファレスとフォレス、それにミトロは無事なのか?」
クロウが自分の横で気持ちよさそうに浸かりながら聞いてくる。ブクブクと沈みたい欲望を抑えながら身体を起こして答える。
「あぁ、シアとニアがあの後確認しに行ったでしょ?二人とも侵攻の時は部屋に籠ってじっとしていたらしい。……ニアの話だと、ミトロはご丁寧に闇の広域化系統で簡易的に闇に紛れていたらしいよ」
自分が影に隠れたのと同じだ。木を隠すなら森の中、というやつである。
「うっへぇ。影に紛れる……敵に味方と思わせるのかよ。バケモンか?」
サラッと自分もバケモノ扱いされた気分になったが、その扱いはイシュリア王や弟子から始まっていて今に始まった事では無いのでスルーしておく。
「とにかく~今日はもう寝たいね」
「同感だ。つっかれたわ……」
ダイナが湯船から上がると同時にそんな言葉を言う。そしてショウは湯船に沈みながらそんな言葉を吐く。
「待て待て沈むなショウ。せめてベッドで沈んでくれ」
「いやもう無理……」
「……運び出すか」
完全に轟沈したショウを皆で引っ張りあげると、全員でタオルで身体を拭いて浴場から出る。
「……今日誰か髪乾かすための温風吹かせられる~?」
ダイナが風呂上がりに水を飲みながらそんな事を聞いてくる。
「いやそんな事聞かなくても自分で……って、もしかして魔力切れで魔道具使えないのか?」
自分が問いかけると黙って頷く。
普段は脱衣所に魔力を通せばそこから温風を出すための魔道具が設置してあるのだが、皆魔力がカラッカラなのだろう。先輩達も協力して貰っている姿が見られる。
「自分がやるからその辺に固まってくれ」
そう言うとショウも、クロウも、レンターまで集まる。皆して魔力が枯渇している。それほど過酷だったという事だろう。
風に火を少しだけ混ぜた広域化系統の魔法を使用すると、温風が彼らの髪の毛と身体を程よく温めていく。ついでに自分の方にも吹かせておく。
「おぉ……レテお前、ホントに多才だな」
「感謝感謝~」
気持ちよさそうに夢見心地になっているクラスメイトを見ながら心から思った。
(自分もめっちゃ疲れてるから出来れば乾かして欲しい。そしてここで寝ないで欲しい)
ショウがうたた寝し始めたのを見て慌てて風を止めると皆で彼を起こしにかかった。

「それじゃまたね~」
「……ああ、またな」
皆と二階で別れる。自分だけ女性サイドの場所なので距離が少しだけあるのだ。
自室に入ると心地よい感じと香りがする。これは……
(……自分が買った魔道具、だよな?)
はて、魔力なんて込めただろうか。そう思っているとシアが上段のベッドから声をかけてくる。
「あ、レテ君お疲れ様。窓開けっ放しだったから閉めておいたよ」
(……そういえば飛び出した時窓開けっ放しだったな。完全に忘れてた)
ありがとう、と感謝を込めて言うとシアがベッドから起きて降りてくる。
「うん。どういたしまして。……あ、あとね。疲れてると思ってレテ君が買ってきてくれた魔道具に魔力を込めたんだけど……どうかな?」
なるほど。自分を気遣ってシアが魔力を込めてくれたわけだ。シアだって魔力はカツカツなはずなのに、自分の為にそれを使ってくれる事が嬉しかった。
「とても心地がいいよ。ありがとう、シア。疲れてるのに……」
「えへへ、いいの。レテ君は今日いっぱい活躍したんだから。私から何か出来ないかなって考えて、やってみたんだ。……ふぁぁ」
若干頬を染めながら言うシアだが、眠気には勝てないらしい。彼女も風呂上がりなせいもあるのだろう。魔道具だけでなく、彼女からもいい匂いがする。
だから、疲れている自分はついついこんな言葉を口走ってしまったのかもしれない。
「シア、とってもいい香りがする。……今日は、一緒に寝たい。抱きしめながら、一緒に」
「……ふぇ?」
「……あっ!?」
気づいた時には時すでに遅し。自分の眠気が吹き飛んだ。自分の記憶では男が風呂上がりにベッドに誘うのはあまり宜しくない事だと記憶している。弟子から自分から誘うとは流石です師よ!と言葉が聞こえてきそうだ。
「あ、いや、疲れてて……ごめん、忘れてーー」
「……いいよ」
シアが下を向いて指をモジモジとさせながら許可する。逆に自分が驚いてしまう。
「……いい、のか?」
「レテ君、あんまり自分から何かしてほしいって言わないし、その特異能力が君の心を表しているみたいに他人への愛に溢れていると思う。……でも、疲れた日ぐらいは、誰かの愛を受け取って欲しいなって。だから……一緒に寝よう?」
(誰かの愛を……受け取る)
自分の特異能力は誰かを守る盾であり、誰かを救う剣であったと思っていた。それが愛だと。
けれど、彼女は自分に愛を受け取って欲しいと言った。目を見て、ハッキリと。
(そうか、自分も愛が必要なんだな……)
「ありがとう、シア。……上と下、どっちで寝る?」
「この前は下だったから……今日は上にしよ?」
そう言われて頷くと、彼女が上に登る。自分もそれに続いて登る。
「じゃあ電気消すよ」
少し消灯時間には早いがもう疲れている。休日だし早く寝たって問題は何もない。
「……おやすみ、シア」
電気が消えた部屋で彼女を抱きしめながら言う。彼女の心臓の鼓動が激しく動いているのが感じられる。
「おやすみ。……皆の為に動いてくれて、助けてくれてありがとう。私の大好きなレテ君……」
彼女も自分の背中に手を回すとギュッと抱きしめて、そう言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。 夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中) 笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。 え。この人、こんな人だったの(愕然) やだやだ、気持ち悪い。離婚一択! ※全15話。完結保証。 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。 今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 第三弾『妻の死で思い知らされました。』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。 ※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

王妃ですけど、側妃しか愛せない貴方を愛しませんよ!?

天災
恋愛
 私の夫、つまり、国王は側妃しか愛さない。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

婚約破棄はいいですが、あなた学院に届け出てる仕事と違いませんか?

来住野つかさ
恋愛
侯爵令嬢オリヴィア・マルティネスの現在の状況を端的に表すならば、絶体絶命と言える。何故なら今は王立学院卒業式の記念パーティの真っ最中。華々しいこの催しの中で、婚約者のシェルドン第三王子殿下に婚約破棄と断罪を言い渡されているからだ。 パン屋で働く苦学生・平民のミナを隣において、シェルドン殿下と側近候補達に断罪される段になって、オリヴィアは先手を打つ。「ミナさん、あなた学院に提出している『就業許可申請書』に書いた勤務内容に偽りがありますわよね?」―― よくある婚約破棄ものです。R15は保険です。あからさまな表現はないはずです。 ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』にも掲載しています。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

処理中です...