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三章 破滅のタルタロス

影とアグラタムの戦い

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門が開く時、というのはイシュリア王によって自分に伝わるようにしてある。
本来ならば全ての民にそのように魔法をかけることも出来るのだが、戦闘しない者や産まれたての幼子一人一人にかけるのは酷だろうという事で自分と王、それに一部の軍人しかわからないようになっている。
今日だってそうだった。書類仕事を書いている最中だった。
「……!!」
頭の中に特有の電撃のような衝撃が走る。これが合図だ。書類を途中のまま置くと直ぐに剣を取り、侵攻してきた門に直接門を繋ぐ。
このことに関してはイシュリア王の許可は要らない。取る時間が無駄、というのとそれが守護者の役目だと授かっているからだ。
門を通り抜けた先には、別の異界が広がっている。そして今回の異界は、攻めてきた中でも特に異質だった。
「……影の世界……か?」
見渡す限り、太陽光など見えない。居るのは影と表現するしかない兵士や獣の数々。
「……ウチタオセ……」
どこからか声が聞こえてくると、それが開戦の合図になった。
呻き声に似た声を出して多数の影の兵士が突撃してくる。直ぐに剣に光を纏わせて目の前の敵を光を伸ばして身体ごと回転させて薙ぎ払う。
目の前が倒されてもまだまだ影は衰えない。剣を右手で右袈裟に敵を切り裂くと左手で光魔法を放り投げる。
手前の敵を倒した瞬間に魔法が着弾し、大きな光の柱が敵を包み込む。
「ナントイウ……」
「ワレラニハナキ……イマイマシキカガヤキ……!」
その影をじっくり見ると、ラクザに攻めてきた奴らと似ている。ということは……
「……タルタロス」
「……ナニ?」
自分がポツリと呟いた言葉に対して憎しみの籠った声が隅々から聞こえる。
「ヒカリヲ……オマエガソノナヲハッスルナ……!」
一人の兵士が獣を伴って突撃してくる。ひらりとステップを踏むように躱すと獣を無慈悲に心臓と思われる部分を剣で突き刺す。
どさり、と倒れる獣の横で突撃してくる兵士に対して、剣を抜いてそのままの勢いで縦に切り裂く。その時、ブレスレットが反応した。
(これは……師か!?まさかコイツら、別の場所にも……!)
送り出したのか、と思いつつここは死守しなければならない。無事を祈りながら迫り来る敵を次々と薙ぎ払った。
どのぐらい倒しただろう。どのぐらいこの異界の兵を殺しただろう。影の屍の上に自分は立ち、それでも恐れずに迫り来る兵を倒し続ける。
「ふっ!」
光の槍を射出するとそれを敵の中央で止めて回転させる。上と下が離れる敵の姿は何度見ても慣れないが、それが守護者の責なのだと思い続けて同じことを繰り返す。
やがて数が減り、投降を呼びかけようとした時。
「ニクイ……ニクイ……!」
その全てが憎悪の塊のような黒い靄に包まれると、こちらに向かって靄ごと特攻してくる。
その剣筋は荒いが、威力が上がった上に剣の一振だけでは倒せなくなった。執念が身体を突き動かしているかのようだ。
(これではタルタロスの事も聞き出せない、か……)
敵が頭上、正面、足元から同時に攻めてくるのを見ながら自分に光の結界を貼って交錯すると、悲鳴の上がった後ろに向かって剣を下から上に振り上げる。
「……戦闘、終了。少しだけ情報を集められないか覗いてみるか」
以前師がやったように自身を影に擬態させて、門から少し遠くまで行く。
どうやら原っぱ……らしき場所に門を開けていたようだ。目の前には大きな町が見える。
街の中に入るも、やはり光といった光はない。影の世界、というのだろうか。仄暗い灯りだけがこの世界の光に見えた。
(……人っ子一人いないな。戦闘の起きた真ん前の街だからそういう街なのか?)
それにしたって武具を売る者や日常品を売る者。それ以前に店が見当たらない。
あるのはただ影によって形作られた建物。窓というには小さすぎる四角に切り抜かれた隙間がある建物が歪な形で並んでいる。
(戦いの後、ってわけじゃないな。元からこういう設計だった……って感じか)
とにかく情報は得られそうにない。諦めて帰ろうとした矢先、子供の声が響く。
「……ワルイヒトタチ、ハ?ワタシタチノ、カチ?」
見れば先程の小さな窓から人々が顔を出している。
(……まずい、バレないようにしなければ)
喉に魔法をかけて声をそれっぽく真似ると、語る。
「……ワレワレノマケ、ダ」
そう言うと違う声が今度は責め立てるように問いかけてくる。
「マケタ……マケタ……?ナラアナタハナゼココニ?」
「ウラギリモノ……」
「チュウギニカケシモノ……!」
人々からの罵倒の中で考える。
(裏切り者、忠義に欠けし者。つまりタルタロスの名前で反応していた彼らは何かに忠義を尽くしていたということだ。……何だ、何に忠義を尽くしていた?何を裏切った?王か?国か?民か?)
「ソレデモ……!ソレデモ……モゴッ」
「サレ!ウラギリモノナドニコノナヲキカセルカチハナイ!」
何かを言おうとした子供の口を塞いで誰かが責めた。
(名を聞かせる価値はない。……忠義を尽くしていたなにかの名を聞くチャンスを逃したがここが潮時か)
そう思って追い立てられるようにアグラタムは街から出て、異界の門を閉じてからイシュリアに帰り、国に響き渡る鈴の音を鳴らした。
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