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三章 破滅のタルタロス

収束した夜

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「レテ君……起きないね」
私がぽつりと言うとレンターが静かに答える。
「……思えば訓練中からずっと的を維持し、魔力を使い続けていたのです。幾ら彼とて、まだ自分より一つ下の友なのですから、ミトロの魔法を跳ね返す魔力が最後まで残っていたのが不思議なぐらいです」
「そうね……目覚めたら彼にはきちんと、謝らなくてはいけませんね」
皆が少しナイーブになっている中、コンコンとノックが鳴り響く。
「はーい?」
「……何か御用ですか?」
この屋敷での対応は基本的にファレスとフォレスに任せている。二人なら顔が利くし、話もスムーズに進むからだ。
「失礼します。夜遅くですので、お食事とお風呂、それにベッドの用意が出来ております。お食事はこの部屋で摂られますか?」
そう問われるとファレスが少し悩んで答える。
「……いえ、広間で摂ります」
「了解致しました」
その答えにショウが心配そうに言う。
「いいのか?目覚めた時誰もいなかったらレテだって悲しいだろ……多分」
「それはあると思うけど、きっと広間にはお父さん……レインお父様がいる。だから広間に行こう」
皆が納得したように頷いてベッドのそばに置いてくれた椅子から立ち上がる。
最後に私はまだ息の荒い彼の頬にそっと触れてから、大丈夫、と囁いて部屋を出た。

「……ふむ。彼はまだ目覚めない、と」
「はい。元々自分達の訓練中からずっと魔力を使い続けていたんです」
クロウがご飯を飲み込み、呼んでもらって広間に来たレイン様に答える。
「そう、それが不思議だったのだ。彼はどうやってここまで君達を導いたのだ?早馬に乗れる年齢でもあるまいし、ましてや早馬よりも明らかに援軍の到着が早い。どうやって来たのだ?」
そう問われて、どう答えようか迷っているとファレスとフォレスが答える。
「門……って言ってた」
「……軍の人と同じブレスレットをつけて、そこで何か話していたら門が開いた」
そう答えるとレイン様はふむ、と考え込む。
「ブレスレット……これかな?」
そういうと腕を捲り、ブレスレットが現れる。まさに彼が付けていたものそのものだ。
「はい。それで間違いありません」
私が答えると、難しい顔をして考え込む。
「……お父様、難しい顔をしてる」
「……ああ。元々このブレスレットはアグラタム様から賜った物ではないのだ」
「えっ?」
フォレスが問いかけ、ファレスが驚く。そのレイン様の言葉に皆が食事の手を止める。
「このブレスレットは広域通信が可能な魔法具でな。私のように領地を治める者、軍のように即時伝達が必要になる者のリーダー……簡単に言えば、『とても偉い人』にしか渡されない、イシュリア王が作り、渡される物なのだ」
「な……何でそんなものをレテ君が持っているの……?」
その驚きの言葉に皆が固まり、ニアがぽつりと呟く。
私は真実を知っている。だからこそ、振る舞わねばならない。彼の為にも、知らないフリを。
「……分からない。一つだけ言えるのは、君達のような子が盗みなどでも手に入れるのは困難。ましてや彼がそんな事をするとは思えない。となると、考えられるのは一つ。彼はどこかであのブレスレットを賜っているのだ。……理由は、分からない」
謎が深まる中、冷める前に食べてしまおうというダイナの言葉で皆がご飯に手を出した。

「マジこの部屋に泊まるのかよ、シア?」
「うん。だって目覚めた時誰もいなかったら可哀想でしょ?」
食事も風呂も終わり、寝る時間になった時。私はレテ君の部屋で座って待つことにした。
「止めは……しませんが」
ミトロが言うと、からかうようにクロウが言葉を発する。
「まぁいいじゃないか。元々相部屋なんだ。シアも何だかんだ寂しいんじゃないか?」
「なっ……寂しくなんてないかな!?一人で寝るのは慣れてるから大丈夫だけど、ただ彼が心配で……」
「あ、やっぱりレテ君に惚れちゃったの!?命懸けで皆を助けたラクザの英雄に!?」
「ニアーっ!違うってばー!もう……!」
皆でひとしきり笑うと、それじゃあ任せたよ、とダイナが言って皆出ていく。何だかんだ言って彼が心配なのだろう。
(……ありがとう、ラクザを守ってくれて。私達に守るための力をくれて)
そう思いながら、彼のそばでずっと座って手を当てていた。

「間に合え……間に合え……ッ!」
ブレスレットが緊急信号を発している。未だ燃える街の空を翔ける。
これは友が、シア達が危険にあるという救難信号だ。早く行かなくては。
辿り着いたそこは、既に門を通って一緒に来た人達はやられていて。
皆がジリジリと影に追い詰められている様子だった。
「待ってろ!今助け……ッ!」
そう言って光の剣を顕現させようとするも顕現せず、自分の周りに影が纏わり付く。
「離せ……自分は……友を……ッ!」
「マモレハシナイ……」
影が語りかける。
「キサマハナニモ、マモレハシナイ……」
「オノレノムリョクヲハジテ……ジゴクヘトオチヨ……」
そう囁かれる目の前で、皆が影の刃に刺されていく。
「クロウ!ダイナ!ショウ!レンター!しっかりしろ!」
そう呼びかけるも、彼らが立つことはない。影は追撃をかける。
「ニア!ファレス!フォレス!ミトロ!今助け……!ぐっ……」
金縛りにでもあったように身体が全く動かない。皆が倒れる中、シアが囲まれる。
「シア!?シア……!逃げろ……!」
その叫びも虚しく、シアが目の前で鮮血を撒き散らして、命を枯らした。
「シア……?皆……?あ、あ、あああ……!自分が、自分が連れてきたから……あ、あああ……!」
後悔の念が浮かんで消える。影から解放されて、皆の死体を見て。叫ぶ。
「ああああああああああああああ!!!」

「ああぁっ!」
叫びながらがばりと起きる。既に暗く、先程の燃え盛っていたラクザとは大違いだ。
「……レテ君」
「シア……シア、生きている、か?」
「うん。私も……皆、生きているよ」
シアが起き上がったばかりの自分にそっと椅子から立ち上がって顔を抱きしめてくれる。
「皆が……死んで……自分は……連れてくるべきじゃ……!」
「それは夢だよ。皆生きてる。レテ君に救われた人もいる。私もここに居る。……ありがとう、レテ君」
「あ、ぁぁ……ぅう……!」
シアが優しく抱きしめてくれる中、その胸を借りて泣き続けた。
ひたすらごめんと言い続ける自分に、レテ君だけが責任を感じることじゃないと言い続けてくれて。
ようやく、自分はラクザの戦果が収束した事を理解した。
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