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三章 破滅のタルタロス

医務室にて 2

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穏やかな顔のままジェンス総長は話し続ける。私はそれを黙って、冷や汗が伝うのを感じながら聞いていた。
「それから何年したか……時折彼は報告をくれたよ。見るだけで分かったよ。彼は本当に強くなっていると。それを教えてくれる師匠を見つけたのだと。私にも教えて欲しいと頼んだのだが、それは断られてしまったよ。師匠は動けない上に、この世界に来ては行けない、とね」
(動けない?……この世界に来ては行けない?それでは、師匠様は……彼は……異界に居たということ……!?)

イシュリア以外の世界、それを異界と呼ぶことはこの前の侵攻よりも前に知識として知っていた。つまり、師匠はイシュリアに存在しなかったのだ。

「……そんな時だ。丁度……五年ぐらい前になるかな?泣きつかれたのだよ。唐突に来て、彼は顔をぐしゃぐしゃにしながら私に赤子のように泣いていてね。ああ、あの時の顔は本当に悲しそうだった。何があったのかと少し落ち着かせて聞いたのだ。その時の言葉は私にも衝撃的だったよ。……『師が病気で亡くなった。俺には教えて欲しい事がまだあったのに』とね」
「っ!」
目を伏せるジェンス総長を見て、私も驚く。亡くなった?そんな実力者が、病気で。
「その後久々に戦闘に付き合ってくれと言われてね。……彼は本当に多彩な魔法を放ってきた。天から降り注ぐ光の柱。風に言霊……分かりやすく言えば言葉に意味を持たせて桜を咲かせながらそれが全て刃になっていたり。時には周りの空間を結界のように侵食する技まで身につけていたよ。……その中のひとつに、今まで書物で見た事の無い技があってね。光を極限まで収縮させた弓に、同じぐらい極限まで振り絞られた矢を文字通り光速で放つ技だ。
単純だが、魔法で見ると光単体だけという技は少なくてね。……それも、分身に持たせて複数撃ってきたのだよ。あの光景は忘れられない。私の障壁をいとも簡単に穿いたのだから。……ふぅ、こんな独り言を聞かせてすまないね」
満足した、と語る顔を見ながらワナワナと自分の脚を見る。
穿たれた光の矢。純粋な光だけの属性。分身に持たせて打たせるもの。
「……ジェンス総長、もしかしてその師というのは……」
「ふふ、さてね。私は……キミと同じ考えをしているのじゃないかな?」

コンコン、とノックして反応が無かった。問答無用、恐らくいるだろうとガラリ、と丁寧に医務室の扉を開ける。
「失礼します。……ナイダ、無事そうで何より……あれ?ジェンス総長……」
「ふふ、話をすればというやつかな?レテ君、どうかしたのかい?」
にこやかなジェンス総長に、どこか尊敬や畏怖の目を向けるナイダ。すまないとは思いつつ、ジェンス総長に対して答える。
「ナイダさんを魔法で授業に出られなくしてしまったので、せめてお見舞いにと。皆にも無言で背中を押されてしまいましたが。……ごめんね、ナイダ。授業に出られなくしてしまって」
「……レテ。一つ聞きたい」
何かを堪えて、ぐっと口を噛んだ彼女は、意を決して言葉を発する。
まるで、触れてはいけないものに触れるかのように
「……光の弓矢」
「うん?ああ、あの技かい?あれがどうかしたの?」
「あれ、レテ君の独学?」
「うん?……まぁ、独学っちゃ独学かな。光魔法に関する本は少なくてね。だから自分で工夫を……」
そこまで言った時、遮るように彼女は言葉を連ねた。そして、それは自分を戦慄させるには十分だった。
「……全てが刃になる、桜の技」
「っ!?」
驚いた顔をすると同時に、ジェンス総長も確信を得たとばかりに声を出す。
「その反応。……はっきりと口に出しましょう。守護者の師、その転生者」
「っ!自分には、なんの事だか……」
「言霊によって全てが刃になる桜の技も、光単体の弓矢も、このイシュリアで扱える者はおりませんでした。……我が友、アグラタムがそれを見せてくれるまでは」
「友?アグラタム様とジェンス総長が……?いいえ、しかし……」
「……もう、分かっているのです。大丈夫です。私も、彼女もこの事を口外する事はありませぬ」
バレていたのか。いや、これは自分の使った技が浅はかだった。光属性単体の弓矢など、確かにこのイシュリアの文献で見かけたことなどなかった。
「……これまで通り、接してくれますか」
「それは、どういう事ですかな?貴方は学院の教師にすら収まらない。貴方が望めば守護者ですらその地位に立てるのですぞ?」
「自分は平穏な日々を送りたい。地位も名誉も要らず、学院の友とただありふれた幸せに浸りながら生活がしたいのです」
はっきりと宣言をして、すっと左手を前に伸ばすとジェンス総長がはは、と笑いながら言う。
「はは、なるほど……アグラタムが言う通りだ……。師は地位は求めない。が、病気で若くして亡くなった師にはイシュリアにてせめて元気に過ごして欲しい。そう祈りながら言ったのですよ」
「……では」
「貴方は魔術学院の生徒。ただ、少しだけ他の子よりも秀でた生徒だ。私の前にそれは変わらない」
前に出した手を戻すと、ナイダも口に出す。
「私たちも、友達。貴方がどれだけ強くても、私がそれを超える。貴方が何者かではなく、純粋に、ライバルとして」
「……ライバル、か。いい響きだね。うん。君と自分は友であり、ライバルだよ。切磋琢磨しあう、その関係だ」
二人の微笑みをみながら、自分も自然と微笑む。
「ええ、ただの……ただの学院生ですよ。自分は。ちょっと隠し事があるだけで」
「人間、皆隠し事の一つや二つある」
「そうですとも。はは、先に言うべき言葉を生徒に取られては私は何もできないな」
ははは、と笑い合う。ナイダもジェンス総長も、自分も。どこか吹っ切れたように楽しそうに笑いあっていた。
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