失墜の数者 -ロストナンバー-

猫狐

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目覚める漢

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ティタスタ王国。周辺国と協定、敵対をしつつも豊かな資源と人材で築いてきた国がそこにあった。

この国には色々な生き方がある。

強力な魔物を倒して一攫千金を狙う冒険者。
国の有事の際に敵国と真っ先に戦う代わりに安定した収入を得られる騎士。
その他にも食糧生産する農家を継ぐ者、貴族の家に嫁ぐ、或いは婿になる為の学びを受けるもの。

本当に様々な生き方がある。では、ティタスタ王国の外れの方にある、宿屋での一人の男の生き方を見てみよう。

「こぉぉぉらァァァ!アンタ、また昨日稼いだ金、全額呑みに使ったわね!?今日という今日は逃がさないわよ!」

早朝。そう言いながら『魔法』と呼ばれる、未知の領域が多いもので突風を吹かせてバコン!と扉が開くと中で寝ていた青年が目を覚ます。

「げっ!ヤコ!いやいやいや、そんな事は無いって!何かの間違いだよ!」

ヤコ、と呼ばれたのは人では無かった。
人型をしているが、その身体は小さく凡そ五十センチメートル。透き通った羽を生やし、パタパタと飛びながら全身を真っ赤にして激怒している事を表現している。
そう、ヤコというのは所謂『妖精』と呼ばれる存在であった。

「誤魔化さないでよね!女将さんに聞いたらキッチリアンタが何杯飲んだか答えてくれたわ!さぁ!今日こそ観念するのよ!」

「アルトの姐さぁぁぁん!?昨日言わないって!ヤコには秘密にするって!約束してくれたじゃないですかー!!ちくしょう!裏切り者ぉ!」

アルト、と呼ばれていたのはこの酒場兼宿の女将である。青年は頭を抱えながら、咄嗟に傍にあったバッグを手に取る。

すると彼が触ったバッグは彼の何かに反応したように一瞬光ると、そのまま『消えた』。

「こうなったら逃げるが勝ちよ!ヤコ!じゃあな!」

ガラッ!と窓を開けて青年は勢いよく飛び出す。ココは四階の最上階。地上から大体十二メートル。しかし彼はそんな事関係ないと言わんばかりに飛び出して猛烈な早さで宿の外へと疾走して行った。

「あっ!待ちなさいロイヤリー!……あぁー、もう……」

ヤコは逃げ出した彼……ロイヤリーに対して溜息を吐き出しながらとぼとぼと下の階に戻る。

それもそのはず。ロイヤリーとヤコは所為相棒といった関係ながらも、彼の逃走に一度も追いつけた事がないのだ。
最初の頃は追っかけ回した。魔法だって駆使した。けれど彼はそれを尽く躱し、何なら魔法に長けた妖精である彼女に対して魔法で反撃して逃げ切ってみせたのだ。

「……アルトの女将さんのところに戻ろ……」

ふよふよと飛びながら一階に戻った所、凡そ五十……いや、若作りしているだけで実年齢は七十を超えた女将、アルトその人が仕込みをしながら声をかけてくれる。

「あら、ヤコちゃん。どう?ロイヤリーは捕まった?」

「……また逃げられました……」

はぁぁ……と二度目のため息をつくとクスクスとアルトは笑う。

「仕方ないわよ。何度も言うけど、彼を捕まえるのは不可能に近いからね」

「……それはアルトさんでも、ってことですか?」

アルトは七十歳を超えているが、タダの人間ではない。
実力は有りながらも若い者に席を譲る、という理由でティタスタ王国の象徴……《数者》を引退したのだ。尚、実力で脱落したのではなくこういった理由で《数者》を引退した人を、『アウトナンバー』と呼ぶ。逆に現役の人を『ナンバーズ』と呼ぶのだ。

「あぁ!無理よぉ!無理無理!どうやったらロイヤリーを捕まえられるのか、アタシが教えて欲しいぐらいだわ!」

そう言ったのはお手伝いであり、何やら薄化粧をしている男……つまりオカマであった。

「……え、ダグザさんでも?」

ヤコは聞き返してしまう。彼も『アウトナンバー』の一人であり、理由は世話になったアルトの手伝いをしたい、というだけであった。

そもそも『ナンバーズ』は突出した実力があり、冒険者と騎士を兼任出来る唯一の職である。その実力は折り紙付きで、敵国に対して侵略されずに居られるのは主にこのナンバーズが強力だからと言われている。

引退したとはいえ、実力はさほど衰えていない二人が捕まえられないロイヤリー。改めて無理を実感しながら朝と同じ事をアルトに聞く。

「ロイヤリー、何杯飲みました?」

「麦酒を四つ、特製カクテルが五つね」

「お金は?」

「一応全額払ってもらってるわ。……ホント、どこから調達してくるのか謎だわ」

良かった。今回は私の財布は守られたようだ、と安心しながらヤコは三人で店を開くまで、世間話をしていた。

一方逃げ出したロイヤリーといえば……。

「ヤコが追っかけてくる可能性は低いけどアルトの姐さんとかダグザさんとかが二人で追っかけてくるとマズイぞ……ん?」

そう言って横を見渡すと海が目に入る。
そこで閃いた。悪い天啓が降りてしまった。

「海の中で全裸になってやり過ごそう!ヨシ!」

魔法により自身を透明化させると、手に掴んだままのバッグに脱いだ衣装をポイポイ放り込んでいく。
全裸になり、人がまばらにいる中スースーする足元に、何かが疼く。

「何だろう、何かに……目覚めたような……。いやいやいや!それよりもまずは隠れなきゃ!……海の中でいいかな。昼になったら街に行こう」

そう言って堂々と、あえてゆっくりと海へ向かう。
自身の股間が変わった海風に当てられ、不意に向けられた視線にゾクゾクしてしまう。無論バレてはいないのだが、全裸を見られて若干興奮してしまう。

「……何かに目覚めそうだ」

そう言いながらロイヤリーは太陽が少し上がるまで、海に入り、流されないように身体をじっとしていた。
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