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七
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その日、学は望の部屋に来ていた。一人暮らしをしている望の部屋はいつだって閑散としていて、生活感がない。冷蔵庫が空なのはざらである。放っておけば死んでしまうのではないかと危惧し、学があれこれと世話を焼いているのは無理もないことだろう。
作ってきたおかずを「今度食べて」と言って渡し、簡単に作れる昼ご飯を作って一緒に食べる。それは、家に来るたび必ずやるようになっていて、ルーチンワークのようになり始めていた。望が非常に喜んでくれるので、さらに張り切ってしまうのもいつものことだ。
「やっぱり美味しい。牛丼がすごく高級な食べ物に思えてきた」
「大袈裟だろ」
学は、望にそんな言葉をかけられるたび、いつもほっとする。誰かに自分の料理を食べてもらうのは、実のところいつだって不安なのである。昔から母親に仕込まれ、何度も家庭内で腕を振るってきてはいるものの、望に対してはそれとは比較にならないほど緊張する。だから、美味しいと言ってもらうために、絶え間ない努力をする。その見返りが、この言葉と笑顔だと言うなら、望はいつまででも努力できるだろうと思えた。
むぐむぐと丼を傾ける望は、ハムスターのようである。学はそれを眺めつつ、望が絶賛する味に特に感慨もなく完食した。それは、自分が作った牛丼の味だったからである。
その後は、いつも通り漫画を読んでだらだらする。自分の家ではそんなことをしたことがない学も、郷に入っては郷に従え。望と一緒に床に転がって漫画を読み耽る――はずなのに、望は食器を片づけた後、「そういえば」と漫画を手に取る前に言った。
「最近噂になってるんだけど、学、最近新しい友達できたのか?」
「え?」
学はきょとんと顔を上げる。望は、机の上に漫画を置くと、乱れていた帯を直しながら続けた。
「えっと、二年? の人と、よく一緒にいるのを見るって、クラスの女子が言ってるのをたまたま通りかかった時に聞こえて」
学はすぐにぴんときた。長岡陸のことである。
「絡まれてるとか、教育してるとかって言ってて、どうなのかと思って。そういえば、最近よく誰かと連絡取りあってるし」
望は、自分が興味のあることしかしない人間で、他の誰が何を言っていたって、特に気にすることはない。そんな望が、クラスの女子の言葉を気にしていることを思うと、胸が暖かくなるような気がして、学は微笑んだ。
「友達っていうか、ちょっといろいろあってさ。でも大したことじゃないから」
「そうか?」
「うん。ありがとう」
望は、言葉に詰まったようになって、「俺、何もしてない」と小さく呟いた。
「何かあったら言ってよ。学は、俺の友達だから」
友達。
その言葉は、針のようになってぶすりと学を突き刺した。痛くて、嬉しくて、愛しい。そんな感情を表に出さないようにして、学は本棚にあった漫画を適当に一冊取った。
作ってきたおかずを「今度食べて」と言って渡し、簡単に作れる昼ご飯を作って一緒に食べる。それは、家に来るたび必ずやるようになっていて、ルーチンワークのようになり始めていた。望が非常に喜んでくれるので、さらに張り切ってしまうのもいつものことだ。
「やっぱり美味しい。牛丼がすごく高級な食べ物に思えてきた」
「大袈裟だろ」
学は、望にそんな言葉をかけられるたび、いつもほっとする。誰かに自分の料理を食べてもらうのは、実のところいつだって不安なのである。昔から母親に仕込まれ、何度も家庭内で腕を振るってきてはいるものの、望に対してはそれとは比較にならないほど緊張する。だから、美味しいと言ってもらうために、絶え間ない努力をする。その見返りが、この言葉と笑顔だと言うなら、望はいつまででも努力できるだろうと思えた。
むぐむぐと丼を傾ける望は、ハムスターのようである。学はそれを眺めつつ、望が絶賛する味に特に感慨もなく完食した。それは、自分が作った牛丼の味だったからである。
その後は、いつも通り漫画を読んでだらだらする。自分の家ではそんなことをしたことがない学も、郷に入っては郷に従え。望と一緒に床に転がって漫画を読み耽る――はずなのに、望は食器を片づけた後、「そういえば」と漫画を手に取る前に言った。
「最近噂になってるんだけど、学、最近新しい友達できたのか?」
「え?」
学はきょとんと顔を上げる。望は、机の上に漫画を置くと、乱れていた帯を直しながら続けた。
「えっと、二年? の人と、よく一緒にいるのを見るって、クラスの女子が言ってるのをたまたま通りかかった時に聞こえて」
学はすぐにぴんときた。長岡陸のことである。
「絡まれてるとか、教育してるとかって言ってて、どうなのかと思って。そういえば、最近よく誰かと連絡取りあってるし」
望は、自分が興味のあることしかしない人間で、他の誰が何を言っていたって、特に気にすることはない。そんな望が、クラスの女子の言葉を気にしていることを思うと、胸が暖かくなるような気がして、学は微笑んだ。
「友達っていうか、ちょっといろいろあってさ。でも大したことじゃないから」
「そうか?」
「うん。ありがとう」
望は、言葉に詰まったようになって、「俺、何もしてない」と小さく呟いた。
「何かあったら言ってよ。学は、俺の友達だから」
友達。
その言葉は、針のようになってぶすりと学を突き刺した。痛くて、嬉しくて、愛しい。そんな感情を表に出さないようにして、学は本棚にあった漫画を適当に一冊取った。
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