幸か不幸か

糸坂 有

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「じゃあ、まだ雨も止みませんから、僕なりに考えてみます」
 僕はしばらく雨を見上げて、男の情報からあらゆる可能性について考えた。僕に出来るのは、ちゃちな考察でしかない。それでも期待している目を男が向けてきたので、僕はとつとつと話し出した。
「犯人は、六十代の夫婦」
「その心は?」
「理由なんて分かりませんよ。子供はいなかったそうですし、奈々さんのことは自分たちの子供のように可愛がっていたそうですけど、可愛さ余って憎さ百倍だったのかもしれませんし、僕にはさっぱり分かりません。不慮の事故に似た何かだったのかもしれないし、何かいろんな理由が絡み合っていたのかもしれません。僕の考察はこうです。
 奈々さんの行動パターンについて、夫婦はよく知っていたことでしょう。何かしらの理由で、二人で協力して奈々さんを殺そうとなり、事件当日、待ち伏せをした。奈々さんはまさか自分が殺されるなんて思わなかったため、それに夫婦二人で協力したわけですから、抵抗される間もなく容易に絞め殺すことが出来た。その後、家に帰って、何事もないように過ごし、誰かが発見してくれるのを待った。縄のようなもので首を絞められたということですが、それは飼い犬のリードだった。――――以上、簡潔でありきたりですけど、僕の考察はこんなものです。つまらないですか?」
「いいや、そんなことはないよ。とても興味深い。その調子で、大学生男が犯人だったパターンと、四十代女性が犯人だったパターンも考えてみません?」
「何でそんなこと」
「ちょっとした時間潰しだよ。じゃあ君は、六十代夫婦が犯人だと思っているわけだね」
 僕は不承不承頷いた。今聞いた中で、ふと考えついたのがそれだけだったのだ。猿でも考えられることだろう。僕はそれから首を振って、男へ対して言った。
「やっぱり一ついいですか。そもそも、その中に犯人はいるんでしょうか? 今の情報の中で適当に考察はしてみましたけど、本当に、抜け道は他にないんでしょうか? 見落としていることも、あるんじゃないかと思うんですけど」
「いいところを突くね。じゃあ、秘密の抜け口の話をしようか」
 男が独特のテンポで言うので、僕は黙って聞くことにした。
「実は、これらの家を通って奥に行けば、向こう側にある狭い道へ出られるんだ。これなら中学生たちに見られることなく、道を出ることが出来る。だけど重要なのは、どの家も誰にも入られていないってことだ。他の、留守だった家も同様で、誰かに入られた形跡はない」
「誰にも気付かれずに、上手い具合に鍵をこじ開けて留守の家に入り込み、上手い具合に閉めて家を出るっていうのは無理ですか?」
「無理だろうねえ、さすがに」
「ですよね。じゃあそれは、秘密の抜け口とは言えないじゃないですか」
「どんなものであれ、すべての情報を開示しておくことが君のためだと思ったからさ」
「じゃあやっぱり六十代夫婦」
「ファイナルアンサーでいいかな?」
「そんなこと言って、どうせ答え、知らないじゃないですか。警察も知らない犯人を、知っているわけがない」
「最初から言っている、犯人は僕だって」
「またそんなこと言って。あなたは、容疑者の中に入っていないじゃないですか」
「僕は情報を提供しただけであって、誰も容疑者の中に必ず犯人がいるとは言っていないよ」
 僕は胡散臭い男の顔を見つめた。どう見ても、何回見たって覚えられない、平凡でつまらない顔である。
「そんな顔しないでよ。こんなことなら言うんじゃなかったなあ。失敗したかも」
「じゃあ、分かりました。犯人をあなただったとして考えてみますね」
 僕はそんな風に言って、不承不承考察を始めたのだった。男が奇妙な鋭さを持った笑顔を浮かべるので、せっつかれるように慌てて考えたのである。
「殺した理由は……まあ、何かしらがあったとして、絞殺後のことです。どうやって逃げたかについてだけ考えてみますけど――――あなたは、屋根を伝って逃げた」
「まるで忍者だねえ」
「じゃあ、ハンググライダー」
「どこかの怪盗みたいだ」
「透明人間になる粉でも振りましたか?」
「もう考えることを放棄しちゃってるよ」
「暗闇に紛れて、全身真っ黒のタイツで逃げた」
「さすがにそれで誤魔化せたら面白いけど、見つかったらかなりの不審者だねえ。ボツで。他にはある? そろそろ尽きてきたかな?」
「実は自殺だった」
「それはないなあ」
「まあ、気を失ったら絞められませんし、縄が残ってないですしね。奈々さんに自殺する理由があったとも思えません」
「分かってるんじゃないか」
 正直、その時僕はすでにお手上げだった。自分が犯人だと宣言する男に対し、その考察を深めろというのはなかなかに難しいことである。
「じゃあいいですよ、犯人だって言うなら、消えたトリックについて教えて下さい」
「投げやりだなあ。いいよ、君にだけ特別だ。教えてあげよう」
 その時の僕の感情は、期待や不安等が入り乱れた乱雑状態だったはずである。男が何を話すのか、話そうとしているのか、真実と偽、それらについて見定めようと、一心に耳を傾け、男の一挙一動に注目した。
 男はそして、事の顛末を話し始めたのである。
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