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吸血鬼と人間 編
26 秘境温泉、ミュラッカ!【3】
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皿たちがすっかり片付けられ、静かな部屋で寝転がる。
ジェードは窓辺の椅子に座って本の続きを読んでいた。
「はー、腹いっぱいだ。ジェードもけっこう食べたよな」
「うむ……味の濃いものを久々に食べた。もうしばらくはいい」
そんなこと言わずに。
屋敷に帰ったら俺の実験料理の味見役になってほしいよ。
「…………」
寝転がったまま、視界にある閉じられた障子を見ていた。
その向こうにどんな部屋があるか気になったからだ。
今いる部屋が食事や団欒スペースだとすると、障子の向こうは寝室だろう。布団が敷いてあるのかな。
手を伸ばすと、障子の縁にちょうど届いた。
なんとなく開けてみる。
「あ」
予想していた通り、隣の部屋に布団が用意されていた。
ふっかふかの和布団だ。寝心地がとても良さそう。
問題なのは、一組しかないことだった。
もしかして、寝る部屋……別々?
そうだよな、貴族みたいな人と俺が一緒の部屋で寝るわけないか。
──他の部屋や押し入れを見るが、予備の布団さえ見つからなかった。
客室そのものをもう一部屋借りてるとかかな。そっかそっか。
横を見る。
神妙な顔で探索を始めたあたりから俺を見守っていたジェードが、眉間を押さえて渋い顔をしていた。あれ?
またノックの音がして、食事の世話をしてくれたスタッフとは違う人物が現れた。
旅館の制服を着ているが、通常のスタッフよりも立場が高そうな格好だ。
「ジェード様、挨拶が遅くなってごめんなさいねぇ。ここのところ満室が続いていて」
挨拶を聞くに、この旅館の責任者のようだ。女将……男将? 体型は男性的だが、化粧をしていて服も女物に見える。額からツノが生え、腕は左右三本ずつある性別不明の魔族だ。
「構わんが、そ」
「もーね! 予備の布団もぜェェんぶ使うくらいの忙しさでねぇ、でも、一番良いはなれを空けましたから。母屋の音も届かない静かで良い部屋ですよ。ゆっくりくつろいでくださいませね」
「感謝する。ところで」
「ほほほ! さらに言えば、周りに音が聞こえることもございませんから、誰か良い子を呼びましょうか? あらあらあらそんなまさか。家族旅行ってわけじゃないでしょう? 人数は多い方が楽しいですよ、うちの自慢の子たちを体験していただきたいわ」
なんの話だろう。UNOでもやるのかな。
「いらん。それよりふと」
「あーやだ! また誰か皿割ってる! あたしのツノは集音器でね、母屋の音がみぃんな聞こえるんですよ。こう忙しいと次から次へと問題が起きて困っちゃうわぁ。もう化け猫の手も借りたいってこのことね。こんなにお客さん来ちゃって、みんな温泉の何がいいんでしょうねふふふ、あたしがそんなこと言っちゃダメか。がはは!」
「……」
さっきから、おかみのマシンガントークにジェードが押されている。
普段の高圧的なジェードを知っているからこそ、面白くて黙って眺めてしまう。
「そうそう、ジェード様。若い世代が何と言おうと、あたしらのような古い魔の者はねえ、あなたの献身をずうっと覚えてるんですよ。帰還なさってからとんと話を聞かなくなって心配していました。だから、こうやってお会いできて嬉しいんです。なんでもサービスさせてくださいねぇ」
「……おまえたちがこうして平穏に暮らす姿を見ることが、私にとっての褒」
「キャッ! もう次の団体客様の時間じゃないの! なんでこうも時間が過ぎるのは早いのかしらねぇ。ジェード様、挨拶できてよかったわ! それではね!」
おかみがバタバタと去っていく。
で、部屋も布団もひとつなのは確定そうだ。
半端に口を開けたままのジェードと目が合う。
「何も言うな」
「今のは、ジェードが無理ならみんな無理だよ」
ジェードはすたすたと寝室に行くと、ふかふかの掛け布団をめくる。
おお、一枚の布団に枕が二つある。人生で見ることになるとはなぁ。
そういえば、枕元の盆に乗ってるのって何? ティッシュみたいなのと油みたいなやつなんだけど。行灯は別にあるし、火をつけるものではなさそう。
「ともかくさ、俺は座布団でも寝られるから……」
「身体に負担をかけて血が不味くなられても困る」
なんだかムキになったような面持ちで、彼は布団の片側を空けて横たわった。
目をつむって、布団の空いているあたりを手のひらでぽんと叩く。
来い、ってこと?
いやいやいや、確かに横幅はゆとりがある布団だが、お互い良い大人だぞ。
布団が足りないからって一緒に寝るとか……。
ジェードは窓辺の椅子に座って本の続きを読んでいた。
「はー、腹いっぱいだ。ジェードもけっこう食べたよな」
「うむ……味の濃いものを久々に食べた。もうしばらくはいい」
そんなこと言わずに。
屋敷に帰ったら俺の実験料理の味見役になってほしいよ。
「…………」
寝転がったまま、視界にある閉じられた障子を見ていた。
その向こうにどんな部屋があるか気になったからだ。
今いる部屋が食事や団欒スペースだとすると、障子の向こうは寝室だろう。布団が敷いてあるのかな。
手を伸ばすと、障子の縁にちょうど届いた。
なんとなく開けてみる。
「あ」
予想していた通り、隣の部屋に布団が用意されていた。
ふっかふかの和布団だ。寝心地がとても良さそう。
問題なのは、一組しかないことだった。
もしかして、寝る部屋……別々?
そうだよな、貴族みたいな人と俺が一緒の部屋で寝るわけないか。
──他の部屋や押し入れを見るが、予備の布団さえ見つからなかった。
客室そのものをもう一部屋借りてるとかかな。そっかそっか。
横を見る。
神妙な顔で探索を始めたあたりから俺を見守っていたジェードが、眉間を押さえて渋い顔をしていた。あれ?
またノックの音がして、食事の世話をしてくれたスタッフとは違う人物が現れた。
旅館の制服を着ているが、通常のスタッフよりも立場が高そうな格好だ。
「ジェード様、挨拶が遅くなってごめんなさいねぇ。ここのところ満室が続いていて」
挨拶を聞くに、この旅館の責任者のようだ。女将……男将? 体型は男性的だが、化粧をしていて服も女物に見える。額からツノが生え、腕は左右三本ずつある性別不明の魔族だ。
「構わんが、そ」
「もーね! 予備の布団もぜェェんぶ使うくらいの忙しさでねぇ、でも、一番良いはなれを空けましたから。母屋の音も届かない静かで良い部屋ですよ。ゆっくりくつろいでくださいませね」
「感謝する。ところで」
「ほほほ! さらに言えば、周りに音が聞こえることもございませんから、誰か良い子を呼びましょうか? あらあらあらそんなまさか。家族旅行ってわけじゃないでしょう? 人数は多い方が楽しいですよ、うちの自慢の子たちを体験していただきたいわ」
なんの話だろう。UNOでもやるのかな。
「いらん。それよりふと」
「あーやだ! また誰か皿割ってる! あたしのツノは集音器でね、母屋の音がみぃんな聞こえるんですよ。こう忙しいと次から次へと問題が起きて困っちゃうわぁ。もう化け猫の手も借りたいってこのことね。こんなにお客さん来ちゃって、みんな温泉の何がいいんでしょうねふふふ、あたしがそんなこと言っちゃダメか。がはは!」
「……」
さっきから、おかみのマシンガントークにジェードが押されている。
普段の高圧的なジェードを知っているからこそ、面白くて黙って眺めてしまう。
「そうそう、ジェード様。若い世代が何と言おうと、あたしらのような古い魔の者はねえ、あなたの献身をずうっと覚えてるんですよ。帰還なさってからとんと話を聞かなくなって心配していました。だから、こうやってお会いできて嬉しいんです。なんでもサービスさせてくださいねぇ」
「……おまえたちがこうして平穏に暮らす姿を見ることが、私にとっての褒」
「キャッ! もう次の団体客様の時間じゃないの! なんでこうも時間が過ぎるのは早いのかしらねぇ。ジェード様、挨拶できてよかったわ! それではね!」
おかみがバタバタと去っていく。
で、部屋も布団もひとつなのは確定そうだ。
半端に口を開けたままのジェードと目が合う。
「何も言うな」
「今のは、ジェードが無理ならみんな無理だよ」
ジェードはすたすたと寝室に行くと、ふかふかの掛け布団をめくる。
おお、一枚の布団に枕が二つある。人生で見ることになるとはなぁ。
そういえば、枕元の盆に乗ってるのって何? ティッシュみたいなのと油みたいなやつなんだけど。行灯は別にあるし、火をつけるものではなさそう。
「ともかくさ、俺は座布団でも寝られるから……」
「身体に負担をかけて血が不味くなられても困る」
なんだかムキになったような面持ちで、彼は布団の片側を空けて横たわった。
目をつむって、布団の空いているあたりを手のひらでぽんと叩く。
来い、ってこと?
いやいやいや、確かに横幅はゆとりがある布団だが、お互い良い大人だぞ。
布団が足りないからって一緒に寝るとか……。
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