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チャプター【61】

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「チッ、厄介な鼻だ。お気に入りのコートを、よくも台無しにしてくれたね」

 蘭の着るコートの腹の部分が、捥ぎ取られたように破れていた。
 もしも数センチ手前であったら、腹の肉が抉り取られていただろう。

「ぐふう。紙一重で躱したか。だが、次は確実にきさまの肉を抉ってやる。オレの鼻はまだ伸びるんだゾォ!」

 今度は蘭の左側から、マンモス男は鼻をふっていった。
 蘭は動かない。
 マンモス男を見つめたままでいる。

  グヮキッ!

 鈍い音がした。

「なに!――」
 マンモス男が思わず声を洩らした。
 蘭は、マンモス男の鼻の衝撃を左腕で受けたのである。

「いまの一撃を受け止めるとはなァ。しかし、左腕はもう使えないだろう」

 マンモス男は、バオ、バオと嗤った。

「フン。蚊に刺されたくらうにしか感じないよ」

 そうは言ったが、蘭の左腕はだらりと垂れさがり、銃をかろうじて持っているといった様子だった。

「その強気、いつまで持つだろうなァ」

 マンモス男が、また鼻をふろうとする。

「待て!」

 蘭が止めた。

「なんだ」
「やる気になっているところを悪いが、おまえたちのために、私は無駄なエネルギーを使うわけにはいかないんだよ」

 言うが早いか、蘭は右腕を上げると、銃のトリガーを絞っていた。
 2発の銃弾が、マンモス男の胸にヒットした。

「きさま……」

 マンモス男は撃たれた箇所を抑え、蘭を見た。
「心配するな。死にはしない。その弾は、B抗血清弾だ。おまえの身体を奪った遺伝子を攻撃する。セリアンに異形してしまったステージ3のおまえたちには、その効果はまだ未知数だがな」
「未知数だと? ということは、効果がないとも言えるんじゃないのか」
「確かに、そうとも言える。いままでは、効果が現れなかったようだからな」
「バオ、バオ。そんなことを口にしていいのか。効果がないと公言しているようなものだゾォ」
「いいんだ。B抗血清が効かずとも、別のものが効果を現す」
「別のもの?」

 そう訊き返したとたん、マンモス男は、どさり、とその場に倒れこんだ。

「思ったよりも、即効性があるようだな」

 別のものというのは、麻酔薬のことだった。
 銃弾1発には、B抗血清に合わせて像を眠らせるほどの麻酔薬が入っていた。
 それを2発も撃ったのは、ただ単に相手がマンモスだから、という理由であった。
 蘭は、ロビーを見渡した。
 主任の男の姿がない。
 フロントに眼をやれば、そこにいた女性の姿もなかった。
 と、そのとき、がらがら、という音がして、蘭は、そちらへ顔を向けた。
 猪男が瓦礫の中から起き上がり、頭を押さえてブルブルと首をふっていた。

「そのまま眠っていろと言ったはずだ」

 銃口を猪男に向け、蘭はトリガーを絞った。
 猪男は、何が起きたのかわからないという顔で撃たれた胸に手をやり、ふらふらと後退すると仰向けに倒れた。
 そのときにはもう蘭は猪男を見ておらず、2挺の銃をホルスターに収めながらエレベーターへ向かっていた。
 1基は10階に停まったままになっており、もう1基は1階に停まっていた。
 その停まっている1基に乗りこむ。
 蘭は10階を押した。
 手にしているGPS受信機の点滅が、ホテルの10階を示しているからだった。
 扉が閉まり、エレベーターは静かに上昇した。

「クッ、折れたか……」

 蘭は左腕を押さえた。
 マンモス男の鼻の衝撃を受けたときに、左腕の骨が砕けたようだった。
 蘭は、右手で左腕を支えるようにし、瞼を閉じた。
 すると、左手が、ぽう、と光を帯びた。
 蘭は、左腕に意識を集中しているようだった。
 10秒ほどそうしていると、瞼を開いた。
 それと同時に左手の光も消えていた。

「これなら、銃を扱えるな……」

 確認するように、蘭は、左手を握ったり開いたりした。
 と、エレベーターが停止した。
 ボタンを押した10階ではなく、5階にである。
 扉が開く。
 そのとき、まだ開き切らない扉の隙間から、丸太のようなものが飛び出してきた。
 顔へと向かってきたそれを、蘭は首を横へ傾けてかろうじて躱(かわ)した。
 それは丸太ではなく、獣毛で覆われた太い腕だった。
 腕が引かれ、エレベーターの扉が完全に開いた。
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