もろはとつるぎ

星 陽月

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チャプター【110】

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「おまえが憎い」
「おぬしが、恨めしい」
「いまこそ、恨みを晴らすときぞ」
「恨みを晴らすのだ」
「殺せ」
「殺せ」

 炎の複数の顔は、宙に浮きながら堕樂を囲んだ。

「ま、待て。待ってくれ!」
「なんだ。この期に及んで、命乞いか。堕樂よ」

 炎の顔のひとつが言う。

「そうだ。頼む、助けてくれ。望みがあるなら、なんでも叶える。墓も建てよう。豪奢な墓を建て、祀りたてようじゃないか。だから、おねがいだ。助けてくれ」

 堕樂は手を顔の前で合わせて、懇願した。

「助けてくれだとよ」
「情けない」
「子供みたいに、震えているじゃないか」
「これは、可笑しい」
「可笑しいな」

 炎の顔が嗤い出した。
 複数の嗤い声が闇にこだまし、それがしだいに止むと、

「だが、望みを叶えてくれると言ったな」

 炎の顔のひとつが言った。

「ああ。なんだって叶える」

 堕樂が答える。

「墓を建ててくれるのか」

 別の炎の顔が言う。

「ああ、建てる。立派な墓をな」
「望みと言えば、ひとつあるな」

 また別の炎の顔が言う。

「なんでも言ってくれ」
「なんでもか」
「ああ。なんでもだ」
「そうか。ならば、叶えてもらおう。おれたちの望みはひとつ」
「なんだ」
「堕樂。おぬしの死よ」
「ぐ――」

 堕樂はたじろいだ。
 その堕樂に、炎の顔が近づいていく。

「やめろ。来るな。来るなーッ!」

 闇の中に、堕樂の声が響き渡った。

「なんだ、こいつ。なにをひとりで喚(わめ)いてるんだ?」

 コウザが、月密の隣りに立って言った。
 ふたりの前には、ひとりで七転八倒しながら叫び声をあげる堕樂の姿がある。

「これよ」

 月密は、両手に持った銅鏡を見つめながら答えた。

「ん?」

 コウザが、横から銅鏡を覗きこむ。

「おう、燃えてるじゃねえかよ」

 銅鏡の中には、蒼白き炎に身を焼かれている姿が映っている。
 だが、実際に眼の前で転げまわっている堕樂は、炎に焼かれてはいなかった。

「幻術に嵌めたってわけか」

 コウザが眉をしかめて言う。

「この幻術(マーヤー)は特別じゃ。この銅鏡の霊晶石あってこそできる、幻戯よ。こやつは、この中で悶え苦しみつづける」
「解くことはできねえのか」
「それは無理じゃ。この幻戯は、相手の深層意識に掛ける術。おのれには意識することのできぬ意識じゃからな。どうすることも叶わぬよ。そのうえ、深層意識の中には、時、というものがない。通常の一秒が、こやつには永久にも感じられるのじゃ」
「そりゃ惨いな。俺の華炎槍なら、その一秒で楽に死ねるのにな。あんたを敵にまわさなくてよかったぜ」

 コウザは、ほっと胸をなで下ろす仕草を見せた。
 そのときには、他の継ぐべき者たちもふたりのもとに集まってきていた。

「どうやら、片づいたようですね」

 ふいに、どこからともなく声が聴こえてきた。
 姿なき羅紀の声である。
 と、次の瞬間には、そこにいた6人は、秋ノ洲の天守閣の中にいた。

「おう、もとにもどったようじゃな」

 そう言った月密の前には、羅紀が唇に微笑を浮かべて立っていた。
 その羅紀を、月密は見つめ、

「六芒卿の6人はどうした」

 訊いた。

「あのままにして置いてきましたよ。こちらにもどしたところで、邪魔になるだけでしょうからね」
「確かにそうじゃな」

 月密はひとつうなずき、

「さて、ではどうする。いよいよ、仙翁、そして春、夏の継ぐべき者たちとの闘いになるわけじゃが、すぐにでもゆくか」

 言った。
 月密の言葉に、他の継ぐべき者たちの顔が険しくなる。

「そうですね――」

 そう言った、羅紀の唇から微笑がすっと消えた。
 眉間にしわが寄り、だがすぐにそれも消えて、

「わたしもそうしたいところですが、あなたたちは闘いを終えたばかりです。仙翁と春、夏の継ぐべき者たちとの闘いに備え、まずは食事と睡眠を取ることに致しましょう」

 そう答えた。

「うむ。それもそうじゃな。しかし――」

 そこで月密は言葉をつめ、改めるように羅紀の顔を見つめると、

「ぬし、やはり変わったな」

 そう言った。
 羅紀はそれに、何も答えなかった。
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