もろはとつるぎ

星 陽月

文字の大きさ
上 下
62 / 113

チャプター【062】

しおりを挟む
「それならひとつ」

 コウザが言った。

「どうぞ」

 羅紀が答える。

「俺たちは、あくまで仲間になるんだ。あんたの下に就(つ)いたわけじゃねえ。だから、あんたを呼ぶときに、様はつけねえぜ。それで文句はねえって言うなら、異論はねえよ」
「ええ、かまいませんよ。わたしも、それに異論はありません」
「よし。じゃあ、決まりだ」
「紫門、そなたはどうです。他になにかありますか?」
「おれはない」
「白薙は、どうです?」
「あたいにもないよ」
「わかりました。これで、わたしたちは仲間となったわけですね。それでは、さっそくで申し訳ありませんが、明朝、日の出とともに冬ノ洲の城へと出立致します。それまで、まだじゅうぶん間がありますから、奥の部屋でお休みになっていてください」

 丁寧に、そして静かに、羅紀は言った。
 紫門、コウザ、白薙の3人は、言われるままに、この破れ寺に来たときと同じ奥の部屋へともどっていった。
 部屋を開けると、3人が待たされていたときと変わらず、奥の壁ぎわに細い蝋燭立ての蝋燭に火が灯っていた。
違っているのは、いったいだれが敷いたのか蒲団が三組、横に並んでいることだった。
部屋の奥から白薙、そして中央にコウザ、手前に紫門、と前もって決まっていたかのようにそれぞれが移動していき、蒲団の上に坐した。

「紫門。やつの言うこと、どう思う。この世界に、真の和というものをほんとうにもたらすつもりでいると思うか」

 座してすぐに、コウザが口を開いた。
 自分の右手横に、十文字槍を無造作に置いている。

「うむ、嘘ではないだろう」
「そうなのか?」

 これは予想外だとでも言わんばかりに、コウザは紫門の顔を見た。

「だが、それはやつの望む、真の和だ」
「どういうことだよ」
「しょせん、真の和など名目にすぎないということさ」
「名目?」
「コウザ、もしおまえが、真の和を掲げ、世界を平定したとする。そのあと、おまえはどうする」
「そりゃあ、新たな世界を創るに決まってるじゃねえか」
「そのあとは」
「うむ……、そうだな、新たな世界の王として君臨でもするか」
「そういうことさ」
「そういうこと?」

 コウザはぽかんとした。

「コウザ、あんたも鈍いね。羅紀の考えも、そういうことだって言ってんだよ」

 白薙が言った。

「おう、そうか」

 コウザは得心したようだった。

「この世界を征服しようとし、二度も阻まれ、封印された中で考えを変えたなどと言ってはいたが、結局のところ、やつの考えはそこだと、おれは思っている」
「ってことは、なにか? 俺たちは、やつが王になるその手助けをするということなのか?」
「見方によれば、そうなるな」
「見方よればだと? なに言ってんだ。それ以外にどんな見方があるってんだよ」
「おれはあえて、やつを利用すると公言した。それを、やつは受け入れた。ということは、おれは制限されることなく行動ができる。それは、おまえたちも同様だ。だが、やつはそうはいかない。真の和を掲げた以上、それに反する行動はできない」
「おー、なるほどな。やつは、俺たちの眼を気にしながら行動をしなければならないということか」
「そうだ。それに、コウザの言葉もよかった」
「俺の?」
「あんたの下に就いたわけじゃねえ、と言ったことさ」
「あァ、あれか」
「それを呑んだということは、おれたちに身勝手な命令はできない。おれはやつの下でもかまわないと思っていたが、それでは不都合が多かっただろう。コウザの機転のお陰だ」
「おう!」

 あれは、コウザの性格が言わせた言葉であったが、コウザの機転のお陰だと言われ、うれしそうだった。

「でもよ、紫門。無面てやつが秋ノ洲へ向かったのは、他の継ぐべき者を口説き落とすためだろうが、もしひとりも口説き落とせなかったら、俺たちたちは他の継ぐべき者と敵対するわけだよな。3対9じゃヤバくねえか」
「あぁ。確かに3対9なら、そうだな」
「その口ぶりだと、まだ何人かはこっちへ降ると思っているようだな」
「降るだろう。悪くともあとふたりはな」
「ふたりか……。なぜそう思う」
「他の州だって、現状はこの州と変わりはしない」
「州を憂う心は、皆おなじと言うわけか」
「そういうことだ」
「だがよ、継ぐべき者同士とはいえ、敵対する以上は命の張り合いだ。双方、何人生き残るかわからねえしよ、共倒れってことだって考えられるぜ。そうなった場合、世界を平定したとしたところでどうなる。結局は、羅紀が世界を征服しちまうってことになるじゃねえか」
「そうなるな」
「おい。それじゃ、戦う意味がなくなるじゃねえかよ」
「いや、意味はある。この戦いは、人間の存続を賭けた戦いでもあると思っているからな」

 紫門は闇を睨んだ。
 闇とは言っても、完全な闇ではない。
 蝋燭の火がわずかに闇を払っている。

「存続を賭けた戦い、か……」

仄(ほの)かに浮かんでいる紫門の横顔を、コウザは見つめた。

「だがな、コウザ。おれは、羅紀がこの世界の王になってもいいとさえ思っている」

 紫門がそう言った。

「おい、冗談では聞けねえぞ、そりゃあ」

 コウザは眉根を寄せ、炎に揺れる紫門を顔を見返した。

「もとより、冗談は言ってない」
「そうか。それだけの理由があるってなら、聞こうじゃねえか」

 コウザは十文字槍を握った。
 その顔が険しいものになっている。
 その理由によっては、ただではおかぬ、といった表情だった。

「いいか、よく聞いてくれ。そもそも、この世界に闇と言う元凶をもたらしたのは、まぎれもなく羅紀だ。その羅紀は、仙翁の手によって封印されたが、闇はその後もこの世に蔓延しつづけた。その闇から、継ぐべき者は人々を護ってきた。それがどうだ。いまや人間自らが闇を抱え、弱き者たちを苦しめている。その要因を作ってしまったのは、継ぐべき者でもあるんだよ」
「むう。それは確か、あの顔なし、無面てやつも言ってたな。いまの世界がこうなったのには、継ぐべき者にも責任があるってよ。だが、闇から人々を護ってきた継ぐべき者に、どうして責任があるんだよ」
「だからだ。継ぐべき者によって人間は闇から護られ、恐怖というものを忘れてしまったんだ。そして傲慢になり、他を陥れてまでも利己の利益に走るようになった。コウザ、それはおまえにもわかるだろう?」
「あァ。それによって州(くに)は腐敗し、それを憂いた俺の親父は行政府を追われた……」
「そういうことだ、コウザ。州を、世界を、いまのような悪しきものにしてしまったのは、決して羅紀ではない。人間なんだよ。もし、世界を平定したのち、羅紀を斃すか再び封印できたとする。しかし、その後はどうなる。いつの日かまた、世界はいまとおなじようにならないとも限らない」
「ぐむむ。だがよ、だからって、なぜ羅紀を王にするんだよ」

 コウザが問う。

「恐怖だよ」
「恐怖?」
「いわば畏怖の心だ。人間の増長を抑えるのには、畏怖する象徴が必要になる」
「それが、羅紀だって言うのか」
「そうだ。あの無面が言っていたが、羅紀はこの世界に秩序と調和をもたらすと言ったそうだ。それは、弱き者の存在しない世界。そして、争いや苦しみのない世界だと」
「だからなんだ。それは、やつにとっての真の和でしかないだろうよ」
「確かにな。おれもそう思っていた。真の和とは、人間が人間の手で作らなければならないと……。しかし、現実はどうだ。人間が2000年かけて創りあげてきたものが、この世界だ。和など、名ばかりじゃないか。そんな和なら、羅紀にとっての真の和であろうと、まだマシというものじゃないのか? 秩序と調和が保たれ、弱き者が存在せず、争いや苦しみのない世界ならば、そのほうが人間は幸せじゃないのか! 違うか、コウザ!」

 紫門は声を荒げていた。

「――――」

 コウザは言葉もなかった。
 すると、

「いや、違う」

 紫門が首をふった。

「そうじゃない。そんなことでは、人間の存続を賭けても、それこそ意味がない――どうやら、おれは混乱しているようだ……」

 そう言って紫門は顔を伏せた。
 と、ふたりの会話を聴いていた白薙が、

「あー、もう。男ってのは、どうしてこうもぐちぐちとしてるんだろうね、まったく」

 口を開いた。
 その白薙に、紫門とコウザが顔を向ける。

「これから戦いが始まるってのに、いまから戦いが終わったときのことまで考えてどうすんだよ! あたいはね、紫門。あんたが、羅紀を利用してでもいまの世界を救おうっていうその想いに賛同したんだ。それを、人間の存続を賭けた戦いだの、羅紀を王にするだのと、めんどくせー! そんなことはどうだっていいじゃねえか。あんた、命を天にあずけたんじゃなかったのかよ! だったらよ、四の五の言ってねえで、この世界を救う、その一本で突き進めよ。男ならな、真っ直ぐ一本道だろうが! それでだめなら、パッと散ればいいんだよ。なにが、鬼人となって戦うつもりだからな、だ。聞いて呆れるぜ」

 白薙はまくし立てて言い放つと、ごろんと横になって、壁際に向いてしまった。

「白薙、おまえ、言いすぎだぞ」

 コウザが白薙の背に言った。

「どこが言いすぎなもんか。足りないくらいだよ」

 白薙は背を向けたままだ。

「おい、白薙――」
「いいんだ。コウザ」

 コウザがまだ何か言おうとするのを、紫門が止めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...