もろはとつるぎ

星 陽月

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チャプター【022】

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「おまえたちを、仲間にしたい」

 とつぜんに、男はそう言った。

「ずいぶんと唐突だな。和について話し合いをしたかったのではないのか」
「それは、いいのだ。もう話したようなものだからな」
「なに……」

 青竜は怪訝な面持ちになり、

「では、おれたちを仲間にしてなんとする」

 そう訊いた。

「聞くところによれば、おまえたちが言った100年前の仙翁と闇との戦い以前は、この世は争いのない世界であったと聞く。わたしはいまのこの世を掃除し、和を取りもどす」
「掃除をするということは、争いは避けられないということではないのか?」
「そうなるのだろうかな、やはり……。だが、わたしは、できるだけ話し合いで解決しようと思うのだが」
「しかしだな、さっきも言ったが、狂気に我を失っているものに、話し合いなど通用するはずもない」
「うむ……」

 男は唇を真横に引き、頭を掻いた。

「だが、待て。このわたしは、狂気に我を失ってはおらぬ。ならば、わたしのように、狂気に我を失っていない者が、他にもいるのではないのか」
「それはそうかもしれぬがな……」
「それならば、話し合いはできよう」
「いや、そうではない。たとえ、狂気に我を忘れていない者が他にいようと、話し合いは無理だ」
「なぜだ」
「陰に、闇の存在がいる」
「そうか、闇か……。では、どうすればいい」
「力には力しかない。当然のことだ」
「当然か……」

 男は考えこむ。
 瞼を閉じ、額に指先をあてる。
 しばらくそうしていると、ふと瞼を開いた。
 何かに思いあたったのか、晴れ晴れとした顔をしている。

「よし、決めた」
「――――」

 青竜は何も言わず、男の答えを待った。

「初めは話し合いにゆき、闇が邪魔をするというのであれば、その闇を叩く」
「そう簡単に言うが、闇そのものには実体がない。闇は人間の心に巣食っているのだぞ」
「なんだ、そうなのか?」
「お、おい」

 十二支の式鬼たちは、そこで一斉にこけた。

「だが、わたしはもう決めたのだ。一度決めたらとことん行くのが男子たる者。どんな困難が立ち塞がろうと、全身全霊でぶつかっていく。だからこそ、おまえたちに仲間になってほしいのだ」
「――――」

 そのとき、式鬼たちの心は決まった。
 この男についていこう。そう思っていた。
 皆、そこで改めるように畏まった。

「やはり貴方は、我らの主となるお方。これから先、我ら十二支の式鬼は、貴方のために自力を尽くす所存です」

 式鬼たちはまた、頭を垂れた。

「だからさァ」
 
 と、男はため息をついた。

「わたしは、そういうのが困るのだ。嫌なのだよ。主などというのは、息がつまる」
「ならば、どのように」
「仲間に主も家来もあるかい? 仲間と言えば、友ではないか」

 友、という言葉に式鬼たちは感じ入り、思わず涙を流した。

「なんだ、おまえたち。どうして泣くのだ」
「我らを、友と言ってくださったことに、感動のあまり、胸がつまってしまいまして……」
「そうか。だが、あまり泣くな。こう見えてわたしは涙もろいのだ。わたしまでが泣けてくるではないか。ああ、それとだな。その言葉使いもなんとかせぬか。さっきまでのように話してくれたほうが、わたしは楽でいい」
「畏まりました」
「おいおい、言ったそばからそれでは困るよ。畏まりました、ではなくて、わかった、だ。さあ、言ってみなさい」
「わ、わかった」

 青竜は、畏れ入りながらもそう言った。

「ほら、他のみんなも」

 そう促されて、他の式鬼たちも、やはり畏れ入りつつ、「わかった」そう言った。

「そうそう、それでよし。これで、わたしたちは仲間になったというわけだ。ならば、ここで改めて名を名乗り合おう」

 男はそう言うと、

「まずは、わたしからだ。我が名は、神谷剣尊(かみやのつるぎのみこと)」

 そう名乗った――

「えー! えー! えー!」

 思わず、つるぎは声を張りあげていた。

「なんだ、つるぎ。話はまだ終わっていないぞ」

 話を中断させられたことに、もろは丸はあからさまに嫌な顔をした。

「だだ、だって、いま、か、かみやの、つつつ、つるぎのみことって」

 あたふたと、つるぎが答える。

「それがどうした」
「それがどうした、じゃないよ。その人って、ボクと同じ名前じゃないか」
「だから、それがどうしたのだ」

 もろは丸は意に介さない。

「だって、だって……」
「なにを、そんなに動転している。おまえにしてみれば、それはただの偶然の一致ではないのか? おれが神谷の森の話をしたとき、おまえはそう言ったではないか」
「あれは、ほら、森の名前だったけど、これは人の名前で、それも姓も名も同じなんだよ。それを偶然の一致では片づけられないさ」
「フン。ずいぶんと調子のいいことを言うやつだな」
「そんなじゃないよ。いまの話を聞いてて、自分と同じ名前の人間が登場したら、だれでも仰天するよ、ふつう」
「まあ、確かにな」

 もろは丸はつるぎの顔を見て、にやりと笑った。

「しかし、ずいぶんと、真剣な顔で言うじゃないか。まさかおまえ、『ボクは、神谷剣尊の生まれ変わりだ』などと、思ってはいないだろうな」

 言われて、つるぎは、ギクリ、として言葉に窮した。

「なんだ、図星か。まったく。そう思いたい気持ちはわからなくもないがな、身のほどをわきまえろよ。あの方とおまえでは、この天と地ほども差がある」
「わかってるよ、そんなことは。それにボクは、別の世界の人間なんだしさ。でも、だからって、そこまで言うことないじゃないか……」

 つるぎは、とたんにへこんでしまった。

「あ、いや、すまぬ。悪かった。だがな、つるぎ。おまえはすぐにへこみすぎる。精神が軟弱すぎるのだ」
「なによそれ。悪かったって言っておきながら、さらにへこませるようなこと言ってさ」
「だからおれは、おまえのそういう軟弱なところを叩き直してやると言っているのだ」
「そう。わかったよ。いいかげんに、ボクも怒った。なら、さっさと修行とやらを始めようじゃないか」

 つるぎはもろは丸を睨みつけた。
 全身から、蒼い光が立ち昇る。

「ボクを、ただの軟弱者だとは思わないでよね」
「おう。その意気だ。つるぎ」

 もろは丸は両手を広げると、そこに木刀が2本現れた。
 そのうちの1本を、つるぎの足下に投げた。

「ただの軟弱者ではないというころを、見せてみろ!」

 もろは丸は、もう1本の木刀を片手で持ち、切っ先をつるぎに向けて構えた。
 つるぎは、足下の木刀を拾い上げ、

「ボクは、継ぐべき者、神谷つるぎだ。舐めてかかったら、痛い目をみるよ」

 両手で持って、もろは丸に向けて構えた。

「ほう。自分の口からよく言った。褒めてやろう。だが、その吐いた唾、飲むなよ」
「問答無用! いざ、参る! やあああああッ!」

 つるぎは完全にその気になって、もろは丸に挑んでいった。

 しかし――

 つるぎは、一矢報いることもできず、ものの見事にいてこまされて、その場に伸びてしまっていた。

「なんだ、もう終わりか。だらしのないやつめ。継ぐべき者が聞いて呆れるぞ」
 もろは丸は、伸びているつるぎを上から見下ろした。
 つるぎは、荒い息を吐き、声を発することも立つこともできない。

「ぐッ……」

 それでも、つるぎは立ち上がろうとした。
 だがやはり、上体を起こすことすら叶わない。
 身体から立ち昇る蒼い光は、もうすでに消え失せている。
 その中で、もろは丸を睨みつける眼光だけは、ぎらぎらと鋭い光が漲っていた。

「無理をするな。おまえの、その向かってくる気概だけは認めてやる。だから、少し休め。そのあいだ、途中だった話のつづきをしてやる」

 そう言うと、もろは丸は話のつづきを始めた。
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