甦る妻

星 陽月

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【チャプター 13】

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 夢を観ている。
 それが夢であるということは、中沢にはわからない。
 そこに闇がある。
 瞼を開けても閉じても何も変わらず、ただ闇があるだけだ。
 右を見ても左を見ても、それはおなじだった。
 そして息苦しい。
 苦しさに身体を動かそうとするが、何かに拘束されているかのように身動きがとれない。
 中沢は声を出す。
 だがそれは、声にならない。
 静寂がすべてを満たしている。

(どうなってるんだ……)

 聴こえるのは、頭の中で釣り鐘のように残響する自分の声。
 そして胸を叩く鼓動の音。
 それだけだ。
 他の音は何も聴こえない。

「ここはどこだ。だれか、だれかいないのか!」

 その言葉は声にならず、頭の中で響くだけだった。

(クソッ、どうなってるんだよ!)

 無理に身体を動かそうとしても、指先を少しだけ動かすのがやっとだった。

(このまま僕は、どうなってしまうんだ……)

 自分の身体が蝕(むしば)まれ、ただれ、腐乱し、朽ちていく姿が脳裡に浮かぶ。
 中沢は恐くてしかたがなかった。
 とつぜん何かが、ぞわぞわと背すじを這い上がってくる。
 その何かが、あっという間に全身へと広がる。
 それは蟲(むし)だ。
 恐怖をまとった寄生する蟲。

「うわあああああッ!」

 中沢は叫び声を上げる。

「だ、だれか、たすけてくれッ!」

 叫び声も、助けを呼ぶ声も、その行為自体が無駄だった。
 それでも中沢は助けを呼びつづけた。
 と、彼の耳は、ふいに音を拾った。
 彼は助けを呼ぶのをやめ、耳に神経を集中した。
 その音は小さく、だが確かに聴こえてくる。
 それは音ではなく、人の声だ。
 それも女の声。
 その声には聞き覚えがあった。
 小さく、くぐもってはいるが、間違いなくそれは妻の礼子の声だった。

「礼子、そこにいるのか。頼む、助けてくれ。動けないんだ!」

 声にならぬ声を上げる。
 そんな中沢に、妻は気づかずに話している。

 話をしている?
 いったい、だれと?――

 中沢はさらに神経を耳に集中させる。
 すると妻の声にもうひとつ、別の声が交ざってきた。
 その声もくぐもっているが、男だということがわかる。

(だれだ……?)

 男の顔を見ようと身体をよじるが、それは叶わない。

「礼子、おい! そこにいるのはだれだ。だれとしゃべっているんだ。なんとか言ってくれ!」 

 その声はやはり、頭の中だけで虚しくこだました。
 それでも構わず声なき声を上げる。

「そいつなのか!」

 嫉妬の炎がふつふつと燃え上がる。

「その男が、君の浮気相手なのか!」

 胸の淵から湧き上がる怒りと憎悪が手へと流れ、爆発するのを待っている。
 だが、それに反して、手は動いてくれない。
 男が何かを囁く。
 それに応えて、妻が笑う声がする。
 男は尚も囁きかける。
 妻はそれに、今度は応え返さない。
 男の腕が妻の身体へと伸びる。
 それが気配でわかる。
 その腕を妻が受け入れる。
 肌と肌が触れ合う音。
 ふたりは唇を交し合っている。
 妻の唇から吐息が洩れる。
 やがてそれは、喘ぎに変わる。

「やめろ……。やめろよ、やめてくれッ!」

 懇願(こんがん)する声も、ふたりには届かない。
 胸を打つ鼓動が早くなる。
 肌が擦れ合う音。
 ふたりの動きが烈(はげ)しくなっていく。
 妻が悦びの声を洩らす。
 男は獣に似た声を吐き出している。
 ふたりの動きが烈しさを増す。
 それとともに、妻は歓喜の声を上げる。
 烈しさの中で、ふたりは高みへと昇っていく。

「やめろ、やめてくれー!」

 中沢は胸の中で叫ぶしかなかった。
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