里子の恋愛

星 陽月

文字の大きさ
上 下
58 / 69

【第58話】

しおりを挟む
 ラフな格好をしたニ十代後半と思えるその男の顔は、夏の陽射しをその肌に閉じこめたようにきれいに灼けている。
 笑うときに、右側の唇の端をキュッと上げるその顔に、里子は見覚えがあった。

 誰だったかな……。

 記憶をたどってみる。
 確か――そう、俳優だった気がする。
 いや、確かにそうだ。
 名前は、水口真也だ。
 二年くらい前は、日曜日九時の日曜ドラマにも出ていて人気もあり、里子もちょっとだけ、いいな、と思った時期もあった。
 けれど、いつの間にか彼はTVから姿を消してしまったのだ。
 その彼にこんなところで逢えるとは思わなかった。
 今でもやっぱりカッコいいな、横顔を見つめながらそう思い、次の瞬間、里子はハッとした。

 ってことは、彼ってそっち側の男ってこと……。

 信じられない思いで里子は水割りを口にした。
 日曜ドラマに出てた頃、共演者の女優と噂になり、ワイドショーや週刊誌などで、〈日曜ドラマのふたり、結婚か〉とまで騒がれたことがあった。
 それを眼にした里子は、似合いのカップルじゃない、と思ったものだった。
 だが、ふたりは結婚などせず、そして、絶えることのない芸能人のスキャンダルの影に追いやられていった。

 あれってカムフラージュだったの……?

 今、眼の前の光景を見るとそう思えてならない。
 だけど、そのケがない男もこういう店によく来るわけだから、ただの考え過ぎとも言える。
 そんなことを考えて、里子はそこで苦笑した。
 水口信也がそっち側の男だろうとなかろうと、今の里子にはどうだっていいことだ。
 今は自分のことで、いっぱいいっぱいなのだ。
 だが、現実にもどってみれば、ため息が零れるばかりだった。

「ため息なんて、お酒と一緒に呑み干しちゃいなさい」

 気づくとモモコが水割りを作り足してくれていた。

「さァ、呑むわよォ」

 そう言ってモモコが一気に呑み干すのを見て、里子も負けじとグラスを空けた。

「いい呑みっぷり!」
「モモちゃん、もっと濃くして」
「ヨシ、じゃあ、スリーフィンガーでいっちゃうわよ」
「いいわよ、どんどん頂戴」

 里子は立てつづけに三杯呑んだ。
 さすがに里子も効いてきて、胸の中にあるものを吐き出さずにいられなくなってきた。

「男っていうのは、どうしてひとりの女だけじゃダメなのかな」
「それは、チンチンがあるからよ」
「それってオスとしての本能ってこと? 子孫繁栄ってたくさんのメスとヤリまくるばかりがオスじゃないわ。鶴は生涯一匹のメスと生きていくじゃないの」
「だったら、人間のメスはどうなの? 今じゃ、オンナの浮気もあたり前のようになってるじゃない」

 そう言われてしまうと返す言葉もなく、

「私はしないわ」

 里子はそう答えるしかなかった。

「どうかしらね」

「絶対しないわよ、浮気なんて」
「今はそう思ってるだけよ」
「そんなことないわ。私はひとりの男を愛しつづける自信があるもの」
「自信ほど、あてにならないのものはないわよ。だったら訊くけど、アンタがさ、好きになったオトコに、自分以外のオンナがいても愛しつづけることができる?」

 その問いは里子の胸の傷を抉(えぐ)った。今
 まさにその問題に直面しているのだ。
 だがそれも、今のところ里子がそう思いこんでいるだけということでもあるのだが。

「それは……」

 里子は眼を伏せた。
 できない、というのが今の正直な気持ちだ。

「ほらみなさい。所詮その程度のものなのよ」
「その程度のものって、そう言うモモちゃんはどうなのよ。この前すごく荒れてたじゃない」
「そりゃあ、裏切られたんだから悔しいわよ」
「それなら、モモちゃんだって、所詮その程度じゃない」
「そうね。だけど私は、諦めないもの」
「え、じゃあ、何? 奪い返そうとか思ってるわけ?」
「そうよ。どんな手を使ってもね。でも、それができるのは、私がアイツのことを愛してないからよ」
「どういうこと?」

 奪い返そうとしているのに、愛してないとはどういうことなのか。
 里子は得心がいかず、訊いた。

「人を愛することって、相手の愛を求めないってことでしょ? だから、奪い返してやろうって気持ちはエゴなのよ。私がこんなに愛してるのにとか、私以外の人をどうして好きになるのよとか、それって自分を中心に考えてることよね。私、アイツにそんな感情しかないの」
「好きだけど愛してはいないってことね」
「そう。アンタ、わかってるじゃない。私はね、恋をしてるのよ。恋と愛は似てるけど全然違うの。恋は戦いだけど、愛することは自分を棄てることなのよ。私は自己犠牲なんてまっぴらごめんだわ。だから恋をしつづけるの。この命尽きるまで――あら、ちょっと、どうして私の話になっちゃってるのよ、アンタの話をしてたのに」
「もう、いいわ」

 里子は笑って言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

偶然PTAのママと

Rollman
恋愛
偶然PTAのママ友を見てしまった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

次期社長と訳アリ偽装恋愛

松本ユミ
恋愛
文具メーカーで働く河野梨音は、過去の恋愛から恋をすることに憶病になっていた。 ある日、会社の次期社長である立花翔真が女性からの告白を断っている場面に遭遇。 なりゆきで彼を助けることになり、そのお礼として食事に誘われた。 会話の中でお互いの恋愛について話しているうちに、梨音はトラウマになっている過去の出来事を翔真に打ち明けた。 その話を聞いた翔真から恋のリハビリとして偽装恋愛を提案してきて、悩んだ末に受け入れた梨音。 偽恋人として一緒に過ごすうちに翔真の優しさに触れ、梨音の心にある想いが芽吹く。 だけど二人の関係は偽装恋愛でーーー。 *他サイト様でも公開中ですが、こちらは加筆修正版です。 性描写も予告なしに入りますので、苦手な人はご注意してください。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

処理中です...