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【第42話】

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 人とは、形あるものにこだわるものです。
 それゆえに、御仏を存在あるものにしてしまったのです。
 御仏とは見えぬもの。
 即ち、存在ではないのです。
 そして、決して言葉で言い表せるものでもありません。
 強いて言葉にするならば、この世のすべて、いえ、この宇宙のすべてを司るもの。
 御仏とは、『無』ではないでしょうか。
 空即是色、色即是空。
 すべては無から生じ、そして無へと帰す。
 そして無から生じたすべてのものに、御仏の御心が宿っていると、私はそう考えております。
 生と死もまた然り。
 いまも申しましたように、人とは形あるものにこだわるもの。
 それはまた、失うことを恐れているとも言えます。
 確かに、一度得たもの失うのは辛いことです。
 財を持つ人が、一夜にしてそのすべてを失ってしまったらどうでしょう。
 地位や名誉が瞬く間に消え失せてしまったなら。
 そして愛する人を喪ったとしたら。
 その悲しみと苦しみはとても耐えがたいものです。
 人はそれらを恐れます。
 更に何よりも恐れをいだくとするなら、それは己の死でしょう。
 自己の存在が失われてしまうということの恐れ。
 何の前触れもなく余命1週間と宣告されたとしたら、それこそ精神を病むほどの恐怖を覚えるのではないでしょうか。
 生あるものには必ず死があるとわかっていても、やはり死とは恐れ以外にないのです。
 それも人の弱さ。
 その弱さゆえに、御仏や死後の世を必要とするのです。

 住職がそこまで語ったところで、

「必要と言うと、住職は死後の世界も存在しないとお考えなのですか」

 良介はそう訊いた。
 それに住職は、

 はい。
 死後の世も、御仏と同じように存在ではありません。
 やはり無です。
 しかしそれは、ない、という解釈ではありません。
 無とは御仏。
 ならば死後の世とは、御仏の内なるもの。
 死とは、「御仏のもとへ帰す」ということなのではないでしょうか。

 と、答えた。

「では、地獄はどうなのでしょう」

 良介が訊く。

「それもまた然り」

 住職が答える。

「魂とは」
「それもまた然り」
「人は生まれ変わる、というのは」

 それもまた然り。
 輪廻転生。
 無から生じて無に帰す。
 そのくり返しです。
 それは何も生あるものばかりとは限りません。
 雲は雨を降らし、雨は川となって、やがて海へと流れていきます。
 そして流れ着いたものはまた雲へと昇っていき、雨となり川となり海へと。
 人もそれと同じです。
 この世にあるものすべてがそうなのです。
 家を建てるにも、初めから家はありません。
 それまでの家を建て直すならば、その家を壊さなければならないのです。
 他にも言い連ねればきりがありません。
 この世とは、そうやって移り変わっていくのです。
 人生もまた然り。
 人生とは人が生きるということ。
 憂い、悩み、歓び、哀しみ、それらを幾度となくくり返し、学んでいくのです。
 生きるとは何かを。
 人はいまを生きています。
 過去ではなく、未来でもなく。
 大切なのは、いまをどう生きるか、ということ。
 たとえ、どんな過ちを犯した過去であっても、悔い改め、いまどうあるべきかを問うことで未来は変わります。
 必要なのは、おのれを変えようとする意志の強さ。
 とは言え、この世は因果応報。
 過ちを犯せば、それ相応のものがいつか必ず降りかかってきます。
 それを強い意志によって、しっかりと受け止めることができるか否かで、やはりは未来は大きく変わってしまうのです。
 意志が揺らげば、過去を悔い改めた意味を失い、未来を穢(けが)してしまうことにもなるのです。
 しかし、それでも人は弱きもの。
 なかなかどうして、意志を保ちつづけるというのはそう簡単にできるものではありません。
 それもまた、人が人たる所以(ゆえん)ではないでしょうか。
 月の満ち欠けのように、人の心も絶えず変化していくものです。
 世は無常。
 ともすれば、長い人生肩肘を張らず、いい加減に、そして適当に生きるのもよろしいのではないかと存じます――

 そこで住職は、何かに気づいたように言葉を止め、

「いやはや、またもこんな世迷い言を。お喋りが過ぎました」

 自分を恥じるように微笑した。
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