42 / 44
【第42話】
しおりを挟む
人とは、形あるものにこだわるものです。
それゆえに、御仏を存在あるものにしてしまったのです。
御仏とは見えぬもの。
即ち、存在ではないのです。
そして、決して言葉で言い表せるものでもありません。
強いて言葉にするならば、この世のすべて、いえ、この宇宙のすべてを司るもの。
御仏とは、『無』ではないでしょうか。
空即是色、色即是空。
すべては無から生じ、そして無へと帰す。
そして無から生じたすべてのものに、御仏の御心が宿っていると、私はそう考えております。
生と死もまた然り。
いまも申しましたように、人とは形あるものにこだわるもの。
それはまた、失うことを恐れているとも言えます。
確かに、一度得たもの失うのは辛いことです。
財を持つ人が、一夜にしてそのすべてを失ってしまったらどうでしょう。
地位や名誉が瞬く間に消え失せてしまったなら。
そして愛する人を喪ったとしたら。
その悲しみと苦しみはとても耐えがたいものです。
人はそれらを恐れます。
更に何よりも恐れをいだくとするなら、それは己の死でしょう。
自己の存在が失われてしまうということの恐れ。
何の前触れもなく余命1週間と宣告されたとしたら、それこそ精神を病むほどの恐怖を覚えるのではないでしょうか。
生あるものには必ず死があるとわかっていても、やはり死とは恐れ以外にないのです。
それも人の弱さ。
その弱さゆえに、御仏や死後の世を必要とするのです。
住職がそこまで語ったところで、
「必要と言うと、住職は死後の世界も存在しないとお考えなのですか」
良介はそう訊いた。
それに住職は、
はい。
死後の世も、御仏と同じように存在ではありません。
やはり無です。
しかしそれは、ない、という解釈ではありません。
無とは御仏。
ならば死後の世とは、御仏の内なるもの。
死とは、「御仏のもとへ帰す」ということなのではないでしょうか。
と、答えた。
「では、地獄はどうなのでしょう」
良介が訊く。
「それもまた然り」
住職が答える。
「魂とは」
「それもまた然り」
「人は生まれ変わる、というのは」
それもまた然り。
輪廻転生。
無から生じて無に帰す。
そのくり返しです。
それは何も生あるものばかりとは限りません。
雲は雨を降らし、雨は川となって、やがて海へと流れていきます。
そして流れ着いたものはまた雲へと昇っていき、雨となり川となり海へと。
人もそれと同じです。
この世にあるものすべてがそうなのです。
家を建てるにも、初めから家はありません。
それまでの家を建て直すならば、その家を壊さなければならないのです。
他にも言い連ねればきりがありません。
この世とは、そうやって移り変わっていくのです。
人生もまた然り。
人生とは人が生きるということ。
憂い、悩み、歓び、哀しみ、それらを幾度となくくり返し、学んでいくのです。
生きるとは何かを。
人はいまを生きています。
過去ではなく、未来でもなく。
大切なのは、いまをどう生きるか、ということ。
たとえ、どんな過ちを犯した過去であっても、悔い改め、いまどうあるべきかを問うことで未来は変わります。
必要なのは、おのれを変えようとする意志の強さ。
とは言え、この世は因果応報。
過ちを犯せば、それ相応のものがいつか必ず降りかかってきます。
それを強い意志によって、しっかりと受け止めることができるか否かで、やはりは未来は大きく変わってしまうのです。
意志が揺らげば、過去を悔い改めた意味を失い、未来を穢(けが)してしまうことにもなるのです。
しかし、それでも人は弱きもの。
なかなかどうして、意志を保ちつづけるというのはそう簡単にできるものではありません。
それもまた、人が人たる所以(ゆえん)ではないでしょうか。
月の満ち欠けのように、人の心も絶えず変化していくものです。
世は無常。
ともすれば、長い人生肩肘を張らず、いい加減に、そして適当に生きるのもよろしいのではないかと存じます――
そこで住職は、何かに気づいたように言葉を止め、
「いやはや、またもこんな世迷い言を。お喋りが過ぎました」
自分を恥じるように微笑した。
それゆえに、御仏を存在あるものにしてしまったのです。
御仏とは見えぬもの。
即ち、存在ではないのです。
そして、決して言葉で言い表せるものでもありません。
強いて言葉にするならば、この世のすべて、いえ、この宇宙のすべてを司るもの。
御仏とは、『無』ではないでしょうか。
空即是色、色即是空。
すべては無から生じ、そして無へと帰す。
そして無から生じたすべてのものに、御仏の御心が宿っていると、私はそう考えております。
生と死もまた然り。
いまも申しましたように、人とは形あるものにこだわるもの。
それはまた、失うことを恐れているとも言えます。
確かに、一度得たもの失うのは辛いことです。
財を持つ人が、一夜にしてそのすべてを失ってしまったらどうでしょう。
地位や名誉が瞬く間に消え失せてしまったなら。
そして愛する人を喪ったとしたら。
その悲しみと苦しみはとても耐えがたいものです。
人はそれらを恐れます。
更に何よりも恐れをいだくとするなら、それは己の死でしょう。
自己の存在が失われてしまうということの恐れ。
何の前触れもなく余命1週間と宣告されたとしたら、それこそ精神を病むほどの恐怖を覚えるのではないでしょうか。
生あるものには必ず死があるとわかっていても、やはり死とは恐れ以外にないのです。
それも人の弱さ。
その弱さゆえに、御仏や死後の世を必要とするのです。
住職がそこまで語ったところで、
「必要と言うと、住職は死後の世界も存在しないとお考えなのですか」
良介はそう訊いた。
それに住職は、
はい。
死後の世も、御仏と同じように存在ではありません。
やはり無です。
しかしそれは、ない、という解釈ではありません。
無とは御仏。
ならば死後の世とは、御仏の内なるもの。
死とは、「御仏のもとへ帰す」ということなのではないでしょうか。
と、答えた。
「では、地獄はどうなのでしょう」
良介が訊く。
「それもまた然り」
住職が答える。
「魂とは」
「それもまた然り」
「人は生まれ変わる、というのは」
それもまた然り。
輪廻転生。
無から生じて無に帰す。
そのくり返しです。
それは何も生あるものばかりとは限りません。
雲は雨を降らし、雨は川となって、やがて海へと流れていきます。
そして流れ着いたものはまた雲へと昇っていき、雨となり川となり海へと。
人もそれと同じです。
この世にあるものすべてがそうなのです。
家を建てるにも、初めから家はありません。
それまでの家を建て直すならば、その家を壊さなければならないのです。
他にも言い連ねればきりがありません。
この世とは、そうやって移り変わっていくのです。
人生もまた然り。
人生とは人が生きるということ。
憂い、悩み、歓び、哀しみ、それらを幾度となくくり返し、学んでいくのです。
生きるとは何かを。
人はいまを生きています。
過去ではなく、未来でもなく。
大切なのは、いまをどう生きるか、ということ。
たとえ、どんな過ちを犯した過去であっても、悔い改め、いまどうあるべきかを問うことで未来は変わります。
必要なのは、おのれを変えようとする意志の強さ。
とは言え、この世は因果応報。
過ちを犯せば、それ相応のものがいつか必ず降りかかってきます。
それを強い意志によって、しっかりと受け止めることができるか否かで、やはりは未来は大きく変わってしまうのです。
意志が揺らげば、過去を悔い改めた意味を失い、未来を穢(けが)してしまうことにもなるのです。
しかし、それでも人は弱きもの。
なかなかどうして、意志を保ちつづけるというのはそう簡単にできるものではありません。
それもまた、人が人たる所以(ゆえん)ではないでしょうか。
月の満ち欠けのように、人の心も絶えず変化していくものです。
世は無常。
ともすれば、長い人生肩肘を張らず、いい加減に、そして適当に生きるのもよろしいのではないかと存じます――
そこで住職は、何かに気づいたように言葉を止め、
「いやはや、またもこんな世迷い言を。お喋りが過ぎました」
自分を恥じるように微笑した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる