上弦の月 ～他界した母へ贈る手紙～

【第39話】

　それは体罰を越えた虐待でした。
　あなたからすれば、日々くり返される体罰は地獄だったことでしょう。
　私をさぞ憎んだのではないでしょうか。
　私のしたことは、どんなに詫びても許されることではありません。
　償っても償いきれるものでもありません。
　それでも良介。
　できることなら、こんな私を許してはくれませんか？　
　真実を隠しつづけ、偽りつづけて、あなたを打ち据えることしかできなかった弱い母を、それでもどうか許してもらえませんか？　
　許しを請うなど、それ自体が赦されることではないのはわかっています。
　でもそれを承知の上でのお願いです。
　どうか私の最後の願いを聞き届けてはくれませんか？　
　あなたに許されないまま、最期のときを迎えたくはないのです。
　そのときくらいは、実の母親としてあなたに看取って欲しいのです。
　無理なお願いでしょうか。
　いえ、こんなこと、あまりにも勝手すぎますね。
　私はなんて愚かなのでしょうか。
　おこがましい自分がとても許せません。
　私には赦されるどころか、母親の資格さえないのですから。
　でも良介。
　これだけはわかってください。
　母親と名乗れず、実の息子を養子として育てるということが、どれほど辛いことだったかを。
　真実を隠し、偽りつづけるのは、身を灼くほどの日々だったということを。
　あなたには、どれだけ憎まれても仕方ありません。
　私はそれだけのことをしたのです。
　でも忘れないでいてください。
　あなたからどんなに憎まれようとも、私はあなたを愛しています。
　嘘偽りなく、誰よりもあなたを、かけがえのない息子を心から愛しています。
　その想いだけは、せめて受け止めてください。
　それともうひとつ、もしできることなら、篠山さんのお墓にお参りをしてあげてください。
　たとえ認めたくないとしても、あの人はあなたの、実の父親なのですから。
　あの人には、あなたの存在を伝えたことはありませんでしたが、きっとどこかでその真実を知ったのでしょう。
　だからあんなにも、幼かったあなたにやさしかったのではないかと、私にはそう思えてなりません。
　一度だけでいいのです。
　篠山さんの墓前に手を合わせ、

「お父さん」

　と呼んであげてください。
　そして、あなたを養子としながらも、育ててくれたお父さんのことを、どうか憎んだりはしないでください。
　お父さんはお父さんながらに、あなたを愛してくれたのだし、篠山さんがあなたに会いに来ることも、じっと耐えて許してくれていたのですから。
　そうあることを願いつつ、この手紙を締め括ろうと思います。
　真実はすべて書いたつもりです。
　いまはただ、罪の告白をしたことで、身体の中から何かが、抜け落ちたような空虚感に浸されています。
　これでもう二度と、あなたに手紙を書くことはないでしょう。
　最後になりますが、江梨子さんと有梨ちゃんを大切にしてあげてください。
　身体には充分気をつけて。
　あなたの人生が、幸福で実りあるものでありますようにお祈りします。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　母より