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【第38話】
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あなたにとっては、とても信じられないことでしょう。
いまのあなたの心境を考えると、苦痛で指先が震えます。
文字がゆがんでいるのはそのせいです。
けれど良介。
これはまぎれもない事実です。
私はあなたの実の母親であり、そしてあなたの身体には、あの篠山良三さんの血が流れているのです。
あなたの名である良の字は、篠山さんの名から取りました。
これもあなたには、驚き以外のなにものでもないでしょう。
あなたを養子として育て、実の母親であることを口にしない条件を受け入れる代わりに、あなたの名は私が付けるという条件を出したのです。
それが唯一の私の抵抗でした。
けれど私には、更に残酷なことが残されていました。
それはあなたが物心つくのを待って、実の母親が姉の小枝であるということを偽らねばならないということでした。
あなたの実の母親を姉の小枝にしたのは、私の母です。
小枝が精神を病んで入院していることをいいことに、母はそんな提案を持ちかけると、お父さんはそれを聞き入れたのです。
そして母は、役所に勤める知人にお金を渡して戸籍を作り変えてもらい、私が入院していた産院にまで手を回したのでした。
そんなお金がいったいどこにあったのか、そのときの私には知る由もありませんでしたが、あなたを養子として育てから2年が過ぎた頃、実は小枝が失明の原因となった病院から、多額のお金を受け取っていたということを知ったのです。
それを知った私は愕然とし、それまでにない憤りを覚えました。
自分の娘をふたりも、食い物にしたのですから。
さすがに私も黙ってはおられず、すべてを良介に話す、と母に詰め寄りました。
けれど母は、怒りをあらわにした私に冷めた視線を向け、
「それは構わないけど、よく考えてごらん。篠山さんの家庭がどうなってもいいのかい?」
そう言ったのでした。
その眼は、篠山さんの家庭を壊すくらい簡単なんだよ、そう言っていました。
そのときほど、母という人をどれだけ憎んだか知れません。
そんな母の提案を聞き入れたお父さんのことも、腹立たしくてなりませんでした。
だからといって、私にはどうすることもできません。
篠山さんの家庭を壊すようなことは、できるわけがなかったのですから。
私は怒りと憎しみを心の奥に押しこめ、真実を隠しつづけて耐えるしかなかったのです。
そして私は改めて母親であることを心から棄て切り、あなたを素直で正直な人間に育て上げることだけに生きようと決めたのです。
それは、母とお父さんに対する復讐でもありました。
そして、母親と名乗ることのできない私の務めなのだと、そう思ったのです。
それだけに私は、心を鬼にしてまでも、あなたに躾を厳しくしました。
それだけが、あなたに与えることのできる愛だと信じていたからです。
でもあなたは、私の想いに反した子供に成長していきました。
それだけに、捻くれもので反抗的なあなたに対し、私は体罰を加えました。
いま思えばそれは、過剰なものでした。
幼かったあなたからすれば、体罰を加えるときの私はまさに鬼だったことでしょう。
でも、わかってください。
あなたが憎くてそんなことをしたのではないということを。
私はほんとうに、あなたを素直で正直な人間にするために必死だったのです。
いいえ、それはうわべだけのことに過ぎません。
当時の心境を明かすなら、私の心の中には、母とお父さんに対する怒りと憎しみが蠢いていました。
ぶつけようもなく押しこめていたその怒りと憎しみは、心の淵で煮えたぎり、出口を求めていたのです。
そしてそれは、あなたの反抗的な態度を正そうとする私の手に溢れ出たのでした。
あなたが返事をしないだけでも、私はあなたを殴りました。
私はただ、あなたを打ち据えることで、怒りと憎しみを晴らしていたのです。
それに気づいていながらも、あなたの泣きじゃくる姿を見ると、私の中に得体の知れぬ何かが芽生え、醜い夜叉へと変貌していたのでした。
私は惨い母親です。
愛する我が子を打ち据えながら、快楽さえ覚えていたのですから。
いまのあなたの心境を考えると、苦痛で指先が震えます。
文字がゆがんでいるのはそのせいです。
けれど良介。
これはまぎれもない事実です。
私はあなたの実の母親であり、そしてあなたの身体には、あの篠山良三さんの血が流れているのです。
あなたの名である良の字は、篠山さんの名から取りました。
これもあなたには、驚き以外のなにものでもないでしょう。
あなたを養子として育て、実の母親であることを口にしない条件を受け入れる代わりに、あなたの名は私が付けるという条件を出したのです。
それが唯一の私の抵抗でした。
けれど私には、更に残酷なことが残されていました。
それはあなたが物心つくのを待って、実の母親が姉の小枝であるということを偽らねばならないということでした。
あなたの実の母親を姉の小枝にしたのは、私の母です。
小枝が精神を病んで入院していることをいいことに、母はそんな提案を持ちかけると、お父さんはそれを聞き入れたのです。
そして母は、役所に勤める知人にお金を渡して戸籍を作り変えてもらい、私が入院していた産院にまで手を回したのでした。
そんなお金がいったいどこにあったのか、そのときの私には知る由もありませんでしたが、あなたを養子として育てから2年が過ぎた頃、実は小枝が失明の原因となった病院から、多額のお金を受け取っていたということを知ったのです。
それを知った私は愕然とし、それまでにない憤りを覚えました。
自分の娘をふたりも、食い物にしたのですから。
さすがに私も黙ってはおられず、すべてを良介に話す、と母に詰め寄りました。
けれど母は、怒りをあらわにした私に冷めた視線を向け、
「それは構わないけど、よく考えてごらん。篠山さんの家庭がどうなってもいいのかい?」
そう言ったのでした。
その眼は、篠山さんの家庭を壊すくらい簡単なんだよ、そう言っていました。
そのときほど、母という人をどれだけ憎んだか知れません。
そんな母の提案を聞き入れたお父さんのことも、腹立たしくてなりませんでした。
だからといって、私にはどうすることもできません。
篠山さんの家庭を壊すようなことは、できるわけがなかったのですから。
私は怒りと憎しみを心の奥に押しこめ、真実を隠しつづけて耐えるしかなかったのです。
そして私は改めて母親であることを心から棄て切り、あなたを素直で正直な人間に育て上げることだけに生きようと決めたのです。
それは、母とお父さんに対する復讐でもありました。
そして、母親と名乗ることのできない私の務めなのだと、そう思ったのです。
それだけに私は、心を鬼にしてまでも、あなたに躾を厳しくしました。
それだけが、あなたに与えることのできる愛だと信じていたからです。
でもあなたは、私の想いに反した子供に成長していきました。
それだけに、捻くれもので反抗的なあなたに対し、私は体罰を加えました。
いま思えばそれは、過剰なものでした。
幼かったあなたからすれば、体罰を加えるときの私はまさに鬼だったことでしょう。
でも、わかってください。
あなたが憎くてそんなことをしたのではないということを。
私はほんとうに、あなたを素直で正直な人間にするために必死だったのです。
いいえ、それはうわべだけのことに過ぎません。
当時の心境を明かすなら、私の心の中には、母とお父さんに対する怒りと憎しみが蠢いていました。
ぶつけようもなく押しこめていたその怒りと憎しみは、心の淵で煮えたぎり、出口を求めていたのです。
そしてそれは、あなたの反抗的な態度を正そうとする私の手に溢れ出たのでした。
あなたが返事をしないだけでも、私はあなたを殴りました。
私はただ、あなたを打ち据えることで、怒りと憎しみを晴らしていたのです。
それに気づいていながらも、あなたの泣きじゃくる姿を見ると、私の中に得体の知れぬ何かが芽生え、醜い夜叉へと変貌していたのでした。
私は惨い母親です。
愛する我が子を打ち据えながら、快楽さえ覚えていたのですから。
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