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【第2話】
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でも、母さん。
いまの僕には、あなたがほんとうに泣いていたのだと思えるのです。
突然意識を失って倒れたあなたは、まさかそのまま自分の命が消えいくことなど思いもしなかったでしょうし、それは無念とでも言うべきことだったのではないでしょうか。
そして何よりも、あなたが無念でならないのは、そのときに僕があなたの傍にいなかったということでしょう。
そう、あなたは幼かった僕に、親の死に目にあえないようなことはしてはいけないと、ずっと言いつづけていたのですから。
それを叶えてもらうことができなくて、あなたは泣いていたのではないですか?
でもそれは、僕がそう思いこんでいるだけなのでしょうが、生前のあなたの、僕への愛し方を思えば自然とうなずけるのです。
母さん、あなたは僕をほんとうに愛してくれました。
その愛し方は、まさに執着だったと言えるでしょう。
それがどれほどのものだったのかを、書き連ねればきりがありません。
ただ僕が思うのは、あなたがなぜに、あれほどまでに執着した愛を僕に向けてきたのかということです。
曲がったことの大嫌いなあなたは、僕を素直で正直な人間に育てようとしました。それだけにあなたの躾は厳しいもので、僕は泣かなかった日がなかったほどです。
小学生になった頃からは、布団の上げ下げから部屋の掃除、食事のあとの食器洗いなども毎日のようにさせられました。
なかでも僕が一番苦痛だったのが、トイレの掃除でした。
そのころ僕たち家族は、6畳2間に3畳の台所というの古い木造アパートで暮らしていて、風呂はなくトイレは共同でした。
当時まだ汲み取り式だったトイレは、便所と言ったほうが正しく、その悪臭と汚れの酷さに僕はなんども吐き気を覚え、泣きながら便器を磨いていたのを憶えています。
でも、そういったことをさせられたのは、僕があなたの言いつけを聞かず、そんな僕への罰でした。
『良介、どうしてお前は、そんなにへそ曲がりなんだ――』
母さん、あなたは僕によくそう言っていました。
人間は素直で正直でなければ駄目なのだと。
確かに僕は、あなたの言うことを素直に聞かない子供でした。
道路を歩くときは、端を歩きなさい――
あなたがそう言うそばから僕は、車が走ってくるのを見ると、車道のセンターラインに駆け出し、車が走ってこないときは道路の端を歩くという子供でした。
『生きものには命があるんだよ。命は大切なんだからね――』
あなたにそう教えられながら僕は、買ってもらった小鳥の首に輪ゴムをかけ、殺してしまったこともありました。
『物を盗むことはいけないことなんだよ――』
その教えも僕は素直に聞き入れず、町の小さな商店で、買って欲しいとねだって買ってもらえなかったチョコレートを、あなたの眼を盗んで手に取り、店先へと投げると、「拾ったよ」とそんなことをする子供でした。
それに激怒したあなたは、僕を引きずるようにしてアパートに帰り、仏壇の前に坐らせると線香に火を点け、
「お前がやったことは泥棒なんだよ。そんなことをするのはこの手が悪いんだ!」
そう言うと僕の手首を掴み、その線香の火を僕の手の甲に押しつけました。
僕はあまりの熱さに手を引こうとし、でもあなたはそれを許さず、
「ご先祖さまに謝りなさい。もう泥棒なんてしません、って謝りなさい!」
もう一度線香を手の甲に近づけ、僕は堪らず「もうしません、ごめんなさい」と泣き出したのです。
それ以来さすがに同じようなことはしませんでしたが、僕はあなたを困らせつづけました。
いまの僕には、あなたがほんとうに泣いていたのだと思えるのです。
突然意識を失って倒れたあなたは、まさかそのまま自分の命が消えいくことなど思いもしなかったでしょうし、それは無念とでも言うべきことだったのではないでしょうか。
そして何よりも、あなたが無念でならないのは、そのときに僕があなたの傍にいなかったということでしょう。
そう、あなたは幼かった僕に、親の死に目にあえないようなことはしてはいけないと、ずっと言いつづけていたのですから。
それを叶えてもらうことができなくて、あなたは泣いていたのではないですか?
でもそれは、僕がそう思いこんでいるだけなのでしょうが、生前のあなたの、僕への愛し方を思えば自然とうなずけるのです。
母さん、あなたは僕をほんとうに愛してくれました。
その愛し方は、まさに執着だったと言えるでしょう。
それがどれほどのものだったのかを、書き連ねればきりがありません。
ただ僕が思うのは、あなたがなぜに、あれほどまでに執着した愛を僕に向けてきたのかということです。
曲がったことの大嫌いなあなたは、僕を素直で正直な人間に育てようとしました。それだけにあなたの躾は厳しいもので、僕は泣かなかった日がなかったほどです。
小学生になった頃からは、布団の上げ下げから部屋の掃除、食事のあとの食器洗いなども毎日のようにさせられました。
なかでも僕が一番苦痛だったのが、トイレの掃除でした。
そのころ僕たち家族は、6畳2間に3畳の台所というの古い木造アパートで暮らしていて、風呂はなくトイレは共同でした。
当時まだ汲み取り式だったトイレは、便所と言ったほうが正しく、その悪臭と汚れの酷さに僕はなんども吐き気を覚え、泣きながら便器を磨いていたのを憶えています。
でも、そういったことをさせられたのは、僕があなたの言いつけを聞かず、そんな僕への罰でした。
『良介、どうしてお前は、そんなにへそ曲がりなんだ――』
母さん、あなたは僕によくそう言っていました。
人間は素直で正直でなければ駄目なのだと。
確かに僕は、あなたの言うことを素直に聞かない子供でした。
道路を歩くときは、端を歩きなさい――
あなたがそう言うそばから僕は、車が走ってくるのを見ると、車道のセンターラインに駆け出し、車が走ってこないときは道路の端を歩くという子供でした。
『生きものには命があるんだよ。命は大切なんだからね――』
あなたにそう教えられながら僕は、買ってもらった小鳥の首に輪ゴムをかけ、殺してしまったこともありました。
『物を盗むことはいけないことなんだよ――』
その教えも僕は素直に聞き入れず、町の小さな商店で、買って欲しいとねだって買ってもらえなかったチョコレートを、あなたの眼を盗んで手に取り、店先へと投げると、「拾ったよ」とそんなことをする子供でした。
それに激怒したあなたは、僕を引きずるようにしてアパートに帰り、仏壇の前に坐らせると線香に火を点け、
「お前がやったことは泥棒なんだよ。そんなことをするのはこの手が悪いんだ!」
そう言うと僕の手首を掴み、その線香の火を僕の手の甲に押しつけました。
僕はあまりの熱さに手を引こうとし、でもあなたはそれを許さず、
「ご先祖さまに謝りなさい。もう泥棒なんてしません、って謝りなさい!」
もう一度線香を手の甲に近づけ、僕は堪らず「もうしません、ごめんなさい」と泣き出したのです。
それ以来さすがに同じようなことはしませんでしたが、僕はあなたを困らせつづけました。
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