哀しみは、もういらない

星 陽月

文字の大きさ
上 下
45 / 50

【第45話】

しおりを挟む
「美奈!」

 思わず妙子は、声をかけていた。
 女性は一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに眼を瞠り、

「妙子じゃない!」

 と笑顔になった。

「信じられない」
「久しぶり」
「ほんとに。元気だった」
「うん」
「あ、この子、私の息子」

 美奈は、息子に挨拶するように言うと、男の子は、「友也です」とはっきり挨拶をし、ぺこりと頭を下げた。
 瞳がキラキラと耀いた、賢そうな子供だった。
 立ち話もなんだから、と三人は近くのコーヒー・ショップに入った。

「美奈にこんな大きな子供がいるなんてね」

 妙子は微笑みながら、チョコレート・パフェを頬張っている友也を見つめた。

「幾つ?」
「今年九歳になるわ」
「そう。いい子じゃない」
「もう、元気がありすぎて大変よ。怪我ばっかりさせて」
「男の子はそれくらいじゃないと」
「最近は生意気で、言うことなんて全然聞かないの」
「しっかり母親してるんだ。あのころの美奈からは想像できない」
「それは言わないでよ。子供の前なんだし」
「あ、ごめん。でも、すごく幸せそう」
「そう見える?」
「うん、幸せそのものって感じ」
「どうなんだか」

 そう言いながらも、美奈はまんざらでもない顔だった。

「妙子のほうはどうなの?」
「うん……。私は、一度結婚して、いまは独身」
「そう……」

 美奈は深くは訊こうとせず、息子に眼を向け、頬にチョコレートがついているのを見ると、バッグからティッシュを取って拭いてやろうとした。
 すると友也は、「自分でやるよ」と母親の手からティッシュを奪い取って頬を拭いた。

「反抗的で困っちゃうわ」

 苦笑いを浮かべると、美奈は珈琲を口にした。
 しばらく雑談をし、美奈がトイレに立った。
 パフェを食べ終えた友也は、落ち着かなそうに窓の外へ眼を投げている。
 そんな友也に、

「友也くんは、スポーツはなにが好き?」

 妙子はそう訊いた。
 友也は妙子をチラッと見て、

「サッカーが好きだよ」

 と愛想なく答え、すぐにまた窓の外に眼をやった。

「そう。他に好きなものは?」
「絵を描くこと」

 意外なその答えに、妙子は友也の顔を見つめた。
 どこか遠くへと眼を馳せるようなその横顔に、ひとりの男の面影を見た。

「友也くんのパパは、どんなお仕事してるの?」

 ある思いから、妙子はさらに訊いた。

「パパはお酒を売ってるよ。ボクのうちは酒屋さんだから」
「そう」

 友也の答えは、もしや、と思っていたこととは違った。
 それでも胸に生じた思いは拭いきれず、父親の名前を訊こうとし、だがそのとき、美奈がもどってきて妙子は口を噤(つぐ)んだ。
 友也が、「ジュースが飲みたい」とせがむので、美奈は仕方なくウエイターを呼んだ。
 頼んだソーダ水を友也が口に運び、それを認めると、美奈は改めたように妙子に顔を向けた。

「私ね、ずっと後悔してたの」
「なにを?」

 唐突な言葉に、妙子は不思議そうに美奈を見つめた。

「妙子を傷つけたこと」
「あァ、あれは、もう遠い過去よ。いまでは想い出のひとつ」
「私には過去じゃないの。あれからずっと引きずってた。そしていまでも……」

 美奈はふっと、妙子から視線を外した。

「どうしてよ、昔のことなのに」

 それに美奈はわずかに沈黙してから、

「あのころの私は――」

 と喋(しゃべ)り始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

夫の愛人が私を殺そうとしました。まさかそれが最後の一手だったとは。

重田いの
ファンタジー
伯爵夫人ルクレツィアはつねに厳かな雰囲気の貴族女性。 夫である伯爵リカルドはたくさんの愛人を囲った奔放な魔法使い。 彼らは二十年前に亡くした息子のことだけを考え、お互い傷つけあって生きてきた。 夫の連れてきた若く美しいイザベラはルクレツィアを目の仇にする。 ある嵐の夜、イザベラはとうとうルクレツィアの部屋に乗り込み、彼女を殺そうとするが…。 何かがもう少しだけ違っていたら、魔王は生まれなかったかもしれない。 ファンタジー世界のヒューマンドラマです。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...