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【第60話】

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「その人って、生徒なの?」

 康太郎が訊いた。

「いや、先生だ。いいか、聞いて驚けよ。その先生はな、なんとゆかりのクラスの担任なんだ!」

 高木は興奮気味に言った。
 その高木をよそに、

「ふーん」

 康太郎は驚くどころか、あまり関心がないようだった。

「なんだよ、驚かないのか? ふつうは、もっと驚くだろうが」

 高木は拍子抜けした。

「だって、ボクには関係ないもの」
「ずいぶんと冷たいことを言うもんだな」

 高木は少しムッとしたが、ここでまた言い合いにでもなって、「ひとりで小学校を捜せば」などと言われたら困るので、そこはなんとか抑えることにした。

「それにしても、康太郎。おまえ、迷いもせずによくあの家がわかったな」
「当然だよ。ボクはここで生まれ育ったんだから……」

 康太郎はふいに視線を落とした。どこか沈んだ様子である。

「どうした、急に落ちこんでよ」
「なんでもないよ」
「なんでもないって顔じゃねえだろう。いいから話してみな。はなせばすっきりするぞ」

 康太郎は視線を落としたまま、わずかに沈黙し、そして口を開いた。

「――あの家は……。ボクの先生の家なんだ」
「な、なんだと!」

 と高木はぶったまげた。

「せ、先生って、当然、学校の先生ってことだよな」
「あたり前じゃないか」
「で、おまえの先生はどっちだ。じいさんか、ばあさんか」
「おばあさんのほう」

 そこで高木は思い出す。
 佐代子との結婚前のことだが、彼女から聞いたことがあった。
 佐代子が生まれるまで、義母は小学校の先生をしていたと。

「ハハ、おもしれえ。こんなことがあるんだな。康太郎、これはもう、おまえと俺がただの縁じゃねえってことだ。ゆかりはおまえの先生の孫だったんだぞ。いくらなんでも、これにはびっくりだろ」
「べつに」

 康太郎はにべもない。

「べつにって、おまえ。さっきもそうだが、おまえ冷めすぎじゃねえのか。34年もこの世を彷徨ってると、驚いたり感動したりってこともなくなるのかよ」

 康太郎はすぐさま高木を睨みつけた。

「あ、いや、すまん」

 高木はバツの悪い顔で頭を掻いた。

「ボクは、先生があんなにおばあさんになっていたことが、ショックなんだ」

 うつむいた康太郎の眼は哀しげだった。
 彼の沈んでいる要因はそれだったのだ。
 高木は康太郎の気持ちを汲んで、肩に腕を回した。

「先生のこと、好きだったのか?」
「馬鹿言わないでよ。ボクは小学生だよ」

 すぐに否定するところをみると、少なからずそれに似た想いがあったに違いない。
 それはきっと、少年がいだく先生への淡い憧れだったのだろう。

「照れるなって。俺にも、女の先生を好きになった覚えがあるよ。まあ確かにな、好きだった先生がババアになっていたら、そりゃあ、がっかりもするよな」
「ババア、なんて言い方しないでよ。失礼じゃないか。それに先生は、ゆかりちゃんのおばあさんでもある人でしょ」

 窘(たしな)められて、高木はとたんに萎縮した。

「すまん……」

 なだめたつもりがあだとなった。

「でもよ、人間長く生きてりゃ、老けるのも当然だ」
「わかってるよ」

 投げ棄てるように言うと、康太郎は肩に回された高木の腕から逃れて、足早に宙を進んでいった。
 そんな康太郎の背を見つめながら、

「それにしても、世の中ってのは狭いなあ」

 などと呑気にひとりごちて、高木はゆっくりとあとを追った。
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