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【第52話】
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その日は葬儀社の予定がつかず、沼津へは帰らずに錦糸町の駅前にあるホテルに泊まった。
そして今日になり、祖父の運転する車はいま、見慣れた町並みへと入っていった。
うしろからは、高木の遺体を載せた葬儀社のバンがついてきている。
いくつもの通りを曲がり、車が祖父母の家に到着すると、葬儀社のべつのバンがすでに来ていた。
そのバンには祭壇が積みこまれている。
葬儀社の人間は3人いて、通夜の準備をするために家の中を忙しなく動き回っていた。
奥の間に祭壇が設けられると、その手前には布団が敷かれ、葬儀社の人間が3人がかりで高木の遺体を横たえた。
顔には白布がかけられる。
ゆかりはそこまで見届けると、たまらない気持ちになったのか2階の自分の部屋へと上がっていった。
部屋に入り、ベッドに仰向けになる。
ゆかりは天井を見つめた。
病院では見ることのできなかった父の死顔を、いまはっきりと見た。
瞼を閉じている父の顔は、どうみても眠っているとしか思えなかった。
しばらく時間が経てば起きてきて、あのころのように笑顔で抱き上げてくれるような気がした。
それでも、顔に白布をかけられたとたんに死という現実が押しよせてきて、ゆかりはとてもその場にいることができなかった。
パパが死んじゃった……。
胸の中で呟く。
祖母に父の死を知らされてから、なんどそう呟いたことだろう。
祖父母と暮らした5年間、父の死など考えたこともなかった。
父の存在を考えないようにしていたけれど、それでも胸の片隅では、かならず迎えに来てくれると信じていた。
いつかきっと会える日がやってくると。
だから、父が死ぬはずなどなかった。
それなのに、やっと会えた父は死んでしまっていた。
そんな現実を受け入れるには、なんども自分に言い聞かせるしかなかった。
パパが死んじゃった、と。
パパ……。
天井に父の顔が浮かぶ。
その顔はやさしく笑っている。
ゆかりが思い出す父の顔は、どれもこれもみんな笑顔だった。
その顔が涙で揺れる。
もう泣かないって決めたのに……。
そう思うそばから、涙はあふれて目尻をつたった。
ゆかりは横向きになって枕を抱いた。
そうすると、哀しみがどうしようもないほど胸の中で暴れだして、枕に顔をうずめた。
「パパ、パパ。会いたいよ……」
声にするともっともっと哀しくなった。
ゆかりは声をあげて泣いた。
その泣き声を、枕が吸ってくれた。
涙も哀しみも寂しさも、枕がぜんぶ受けとめてくれる気がして、ゆかりは枕に顔をうずめたまま身体を丸くして泣いた。
涙はとめどなくあふれてくる。
それまでずっと、胸の奥底へとしまいこんでいた父への想いが、激流となって身体の外へと吐き出されているようだった。
そうしてしばらくつづいていた泣き声は、いつの間にか静かな寝息に変わっていた。
そして今日になり、祖父の運転する車はいま、見慣れた町並みへと入っていった。
うしろからは、高木の遺体を載せた葬儀社のバンがついてきている。
いくつもの通りを曲がり、車が祖父母の家に到着すると、葬儀社のべつのバンがすでに来ていた。
そのバンには祭壇が積みこまれている。
葬儀社の人間は3人いて、通夜の準備をするために家の中を忙しなく動き回っていた。
奥の間に祭壇が設けられると、その手前には布団が敷かれ、葬儀社の人間が3人がかりで高木の遺体を横たえた。
顔には白布がかけられる。
ゆかりはそこまで見届けると、たまらない気持ちになったのか2階の自分の部屋へと上がっていった。
部屋に入り、ベッドに仰向けになる。
ゆかりは天井を見つめた。
病院では見ることのできなかった父の死顔を、いまはっきりと見た。
瞼を閉じている父の顔は、どうみても眠っているとしか思えなかった。
しばらく時間が経てば起きてきて、あのころのように笑顔で抱き上げてくれるような気がした。
それでも、顔に白布をかけられたとたんに死という現実が押しよせてきて、ゆかりはとてもその場にいることができなかった。
パパが死んじゃった……。
胸の中で呟く。
祖母に父の死を知らされてから、なんどそう呟いたことだろう。
祖父母と暮らした5年間、父の死など考えたこともなかった。
父の存在を考えないようにしていたけれど、それでも胸の片隅では、かならず迎えに来てくれると信じていた。
いつかきっと会える日がやってくると。
だから、父が死ぬはずなどなかった。
それなのに、やっと会えた父は死んでしまっていた。
そんな現実を受け入れるには、なんども自分に言い聞かせるしかなかった。
パパが死んじゃった、と。
パパ……。
天井に父の顔が浮かぶ。
その顔はやさしく笑っている。
ゆかりが思い出す父の顔は、どれもこれもみんな笑顔だった。
その顔が涙で揺れる。
もう泣かないって決めたのに……。
そう思うそばから、涙はあふれて目尻をつたった。
ゆかりは横向きになって枕を抱いた。
そうすると、哀しみがどうしようもないほど胸の中で暴れだして、枕に顔をうずめた。
「パパ、パパ。会いたいよ……」
声にするともっともっと哀しくなった。
ゆかりは声をあげて泣いた。
その泣き声を、枕が吸ってくれた。
涙も哀しみも寂しさも、枕がぜんぶ受けとめてくれる気がして、ゆかりは枕に顔をうずめたまま身体を丸くして泣いた。
涙はとめどなくあふれてくる。
それまでずっと、胸の奥底へとしまいこんでいた父への想いが、激流となって身体の外へと吐き出されているようだった。
そうしてしばらくつづいていた泣き声は、いつの間にか静かな寝息に変わっていた。
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