32 / 84
【第32話】
しおりを挟む
「なんだよ、ここからがいいところなんだぞ。俺の武勇伝を包み隠さず、背びれ尾ひれをつけて聞かせてやろうとしてるのによ」
その話を、高木は聞かせたくてうずうずしていた。
「背びれ尾ひれをつけてどうするんですか。というか、イジメられてた話なのに、どうして武勇伝なんです?」
信夫が言うのももっともだった。
「だからな、俺が悪ガキのふたりをどうやってコテンパテンにしたかって話しに、これからなっていくんじゃねえかよ」
「コテンパテン?……。とにかく、長くなるのは確かですね」
「なんだよ、聞きたくないのか? 聞きたいだろ?」
「いえ、まったく」
「あー、そうかよ。あとで聞きたくなっても、ぜったい話してやらねえからな」
「はい、そうしてください」
「フン、いけずなやつだ。ま、それはいいとしてだ。それにしてもよ。まさかおまえが、ゆかりの担任だったとはな」
高木は感慨深げである。
「そうですよね。僕も驚きです。あ、でも、僕のクラスの高木ゆかりが、高木さんの娘さんかどうかはまだわかりませよ。同姓同名ってこともあるわけですから」
「いいや、おまえのクラスの高木ゆかりは、俺の娘だよ」
「そんな断定しちゃっていいんですか? もし違ったら、がっかりしますよ」
「俺にはわかるんだよ。そうだ、ってな」
「幽霊なだけに、まさに霊的に感じるってやつですか」
「このやろう、茶化すんじゃねえ。だったら訊くが、その子は両親と暮らしてるのか?」
「いえ、保護者は祖父母にあたる方です」
「その祖父母の姓は、なんだ」
「えっと、確か『野中』だと思います」
「ビンゴ! やっぱりな。野中は義父母の姓だ。住所は忘れちまったけどよ、姓までは忘れたりしねえさ」
「なるほど……。じゃあ、僕のクラスの高木ゆかりは、ほんとに高木さんの娘さんというわけですか」
「そういうことだ」
「そんなことってあるんですね」
今度は信夫が感慨深げに腕組みをした。
「世の中には、そういうことが間々あるもんだ」
「うん……。だけど、なんかできすぎって気もするんですよね」
とたんに信夫は訝(いぶか)る。
「できすぎって、なにがだよ」
「僕にはなんだか、あまりにも容易に事が運びすぎてると思えるんですよ。だって、そうでしょ? 高木さんは娘のゆかりさんに会いたくて、そこへ偶然に出会った僕が、そのゆかりさんの担任だったなんて、流れ的にもできすぎじゃないですか」
確かに信夫が言うことはもっともである。
「そういうもんなのさ」
だが、高木はにべもない。
「そうですかね」
「そうだって」
根拠もへったくれもなくそう言い切られてしまうと、信夫はそれ以上何も言えなくなった。
だがどうにも腑に落ちない。
何事も納得がいかないと気がすまないのが信夫の性格である。
それだけに、あーでもないこーでもないと考えをめぐらしてみる。
が、説明のつく答えは見つかりそうもなかった。
「で、どうなんだ」
唐突に高木が訊く。
「どうって、なにがです?」
「俺の娘は、いい生徒なのかってことだよ」
「あ、ええ。それはとてもいい生徒です。明朗活発で聡明だし、他の生徒にもたいへん好かれてます」
「おー、そうかそうか。うんうん」
高木はことのほかご満悦だった。
と、
「あ、そういえば……」
信夫が何かを思い出した。
「なに? 総入れ歯? おまえ、入れ歯なのか」
「違いますよ。そうじゃなくて、ゆかりさんが今日は欠席だったことを思い出したんです」
「欠席? なんだ、ゆかりは病気か?」
高木は思いきり心配になった。
「いえ、病気じゃなくて、なにやらどうしても連れていかなければならないところがあるとかで、おばあさん――あ、いや、野中さんから連絡がありました。詳細はなにも言っていませんでしたけど」
そう聞いて、高木はすぐに思いあたった。
「そうか……」
「行き先に心あたりでも?」
「俺に会いに行ったのさ」
「俺にって、高木さんはここに――あ、そうか」
信夫もすぐに思いあたった。
「病院ですね」
「あァ。俺は事故で死んだから、警察から連絡があったんだろうよ」
「これはどうも、お悔やみ申し上げます」
天然といえる信夫は、しんみりと言った。
「お悔やみ申し上げますって、こら。だから、死んだのは俺だっての。本人にお悔やみ申し上げてどうすんだよ!」
そくざに高木がツッコむ。
「はいはい、そうでした」
そこで信夫は、ふいに顔を曇らせ、
「でも、ゆかりさんのことを思うと辛いですね。やっとお父さんに会えるっていうのに、高木さんは――」
その先の言葉を呑みこんだ。
とたんに、高木は打ち沈ずんだ。
自分の死が改めて思い返えされ、その現実に打ちのめされたのだった。
その話を、高木は聞かせたくてうずうずしていた。
「背びれ尾ひれをつけてどうするんですか。というか、イジメられてた話なのに、どうして武勇伝なんです?」
信夫が言うのももっともだった。
「だからな、俺が悪ガキのふたりをどうやってコテンパテンにしたかって話しに、これからなっていくんじゃねえかよ」
「コテンパテン?……。とにかく、長くなるのは確かですね」
「なんだよ、聞きたくないのか? 聞きたいだろ?」
「いえ、まったく」
「あー、そうかよ。あとで聞きたくなっても、ぜったい話してやらねえからな」
「はい、そうしてください」
「フン、いけずなやつだ。ま、それはいいとしてだ。それにしてもよ。まさかおまえが、ゆかりの担任だったとはな」
高木は感慨深げである。
「そうですよね。僕も驚きです。あ、でも、僕のクラスの高木ゆかりが、高木さんの娘さんかどうかはまだわかりませよ。同姓同名ってこともあるわけですから」
「いいや、おまえのクラスの高木ゆかりは、俺の娘だよ」
「そんな断定しちゃっていいんですか? もし違ったら、がっかりしますよ」
「俺にはわかるんだよ。そうだ、ってな」
「幽霊なだけに、まさに霊的に感じるってやつですか」
「このやろう、茶化すんじゃねえ。だったら訊くが、その子は両親と暮らしてるのか?」
「いえ、保護者は祖父母にあたる方です」
「その祖父母の姓は、なんだ」
「えっと、確か『野中』だと思います」
「ビンゴ! やっぱりな。野中は義父母の姓だ。住所は忘れちまったけどよ、姓までは忘れたりしねえさ」
「なるほど……。じゃあ、僕のクラスの高木ゆかりは、ほんとに高木さんの娘さんというわけですか」
「そういうことだ」
「そんなことってあるんですね」
今度は信夫が感慨深げに腕組みをした。
「世の中には、そういうことが間々あるもんだ」
「うん……。だけど、なんかできすぎって気もするんですよね」
とたんに信夫は訝(いぶか)る。
「できすぎって、なにがだよ」
「僕にはなんだか、あまりにも容易に事が運びすぎてると思えるんですよ。だって、そうでしょ? 高木さんは娘のゆかりさんに会いたくて、そこへ偶然に出会った僕が、そのゆかりさんの担任だったなんて、流れ的にもできすぎじゃないですか」
確かに信夫が言うことはもっともである。
「そういうもんなのさ」
だが、高木はにべもない。
「そうですかね」
「そうだって」
根拠もへったくれもなくそう言い切られてしまうと、信夫はそれ以上何も言えなくなった。
だがどうにも腑に落ちない。
何事も納得がいかないと気がすまないのが信夫の性格である。
それだけに、あーでもないこーでもないと考えをめぐらしてみる。
が、説明のつく答えは見つかりそうもなかった。
「で、どうなんだ」
唐突に高木が訊く。
「どうって、なにがです?」
「俺の娘は、いい生徒なのかってことだよ」
「あ、ええ。それはとてもいい生徒です。明朗活発で聡明だし、他の生徒にもたいへん好かれてます」
「おー、そうかそうか。うんうん」
高木はことのほかご満悦だった。
と、
「あ、そういえば……」
信夫が何かを思い出した。
「なに? 総入れ歯? おまえ、入れ歯なのか」
「違いますよ。そうじゃなくて、ゆかりさんが今日は欠席だったことを思い出したんです」
「欠席? なんだ、ゆかりは病気か?」
高木は思いきり心配になった。
「いえ、病気じゃなくて、なにやらどうしても連れていかなければならないところがあるとかで、おばあさん――あ、いや、野中さんから連絡がありました。詳細はなにも言っていませんでしたけど」
そう聞いて、高木はすぐに思いあたった。
「そうか……」
「行き先に心あたりでも?」
「俺に会いに行ったのさ」
「俺にって、高木さんはここに――あ、そうか」
信夫もすぐに思いあたった。
「病院ですね」
「あァ。俺は事故で死んだから、警察から連絡があったんだろうよ」
「これはどうも、お悔やみ申し上げます」
天然といえる信夫は、しんみりと言った。
「お悔やみ申し上げますって、こら。だから、死んだのは俺だっての。本人にお悔やみ申し上げてどうすんだよ!」
そくざに高木がツッコむ。
「はいはい、そうでした」
そこで信夫は、ふいに顔を曇らせ、
「でも、ゆかりさんのことを思うと辛いですね。やっとお父さんに会えるっていうのに、高木さんは――」
その先の言葉を呑みこんだ。
とたんに、高木は打ち沈ずんだ。
自分の死が改めて思い返えされ、その現実に打ちのめされたのだった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる