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【第25話】
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「むさ苦しいところですが、さ、どうぞ」
信夫はドアを開けると、高木が入るのを玄関口で待った。
と、
「おい、いつまでそんなとこに立ってるんだよ」
高木の声は部屋の中からした。
「なんだ、もう中に入っていたんですか。それならそう言ってくださいよ。高木さんは見えないんですから」
「そんなことはいいから、早く入ってこい」
自分の部屋であるかのように言うと、高木はなんの気なしに室内を見回した。
6畳間である部屋の調度品といえば、洋服ダンスとその横に並ぶ本棚、窓際の角には小型のTVがあり、中央には木目の卓袱台が置かれている。
それだけだった。
不必要なものは何もない。
そのうえ殺風景ではあるが、独身男に似合わず部屋の中はきれいに整頓されていた。
どう見ても彼女がいそうにはないから、自分で整理整頓をしているのだろうが、それにしても気味が悪いほどの清潔感だった。
台所から、信夫がグラスをふたつ手にして入ってきた。
「ずいぶん、きれいにしてるじゃないか」
「いえいえ、そうでもないですよ」
信夫はふたつのグラスに、買ってきた紙パックのお茶を注ぎ、
「どうぞ」
と、高木へひとつを差し出した。
「これは、どうも。いや、これはまた実に美味しいお茶ですね、って、こら。お茶が飲めるように見えるか?」
思わず高木は、ノリツッコミを決めた。
「いえ、見えません。まったくなにも」
信夫は眼を細め、見えないものを見ようと試みた。
「そうか。おまえには、俺の姿は見えないんだったな。俺はいまの状態に慣れてなくてな。つい見えるもんだと思っちまうんだよ」
高木には自分の姿が生前のまま見えるのだからしかたがない。
「なるほど。それにしても、すごいですね。肉体から離れることができるなんて」
「なにもすごいことなんかねえさ。だれだってこうなるんだ」
「え? だったら、僕にもできるってことですか?」
「いや、できるできないの問題じゃないだろ、これは」
「ってことは、やっぱり難しいんですね。残念」
「残念て、おまえ……」
呆れ返る高木であった。
「あの、これから夕食なんですが、いいですか」
「おう、遠慮せずに、どんどん食え」
「それでは、遠慮なく」
信夫は買ってきた弁当の包装を解き始めた。
「お、ひれカツ弁当か。美味そうだな。考えてみたら、今日はなにも食ってなかったな」
高木は弁当を覗きこむ。
「その状態でも、空腹になるんですか」
そう訊きながら、信夫は弁当を頬張る。
「いや、まったく空かないな。そうか、ってことは、メシも食わなくてすむってことか」
高木の考えは、なんとも安易である。
「それって、いいことなのか、悪いことなのかわかりませんね」
「まァな。美味いもんが食えないっていうのも、哀しいものがあるよ。とは言っても、死んじまったらしかたがないってことさ。しかしよ。おまえのバイクがぶつかってきたときには、もう1度死ぬのかって思ったぜ」
「ブッ!」
信夫はご飯粒を勢いよく噴き出した。
「なな、なななな!」
「なにをそんなに驚いてるんだよ。冗談だよ、冗談。人は1度死んだら、2度は死なねえよ。あーあー、それにしても汚ねえな。メシは噴き出すもんじゃねえだろ」
「あ、あの、いい、いま、なんて……」
弁当を持つ、信夫の手が震え出す。
「だからよ、メシは噴き出すもんじゃねえっての」
「いや、それじゃなくて」
「なんだよ、1度死んだらってやつか?」
口をあわあわさせながら、信夫はうなずく。
「それって、まさか高木さんは、ゆ、幽霊、で、ですか」
「そうだよ。俺は昨日の夜遅くに死んだのさ」
「ひぃえーッ、でででで、出ーたーッ!」
信夫は弁当を放り投げ、うしろへ後ずさった。
「って、いまごろかよ! じゃあ、いままで、俺をなんだと思ってたんだ」
「いや、僕は、その、バイクで撥ねたのが狸で、僕を化かしているのだとばかり……。まさか、あわわわ、恐いーッ」
信夫は顔の前で合掌し、瞼をきつくつぶった。
信夫はドアを開けると、高木が入るのを玄関口で待った。
と、
「おい、いつまでそんなとこに立ってるんだよ」
高木の声は部屋の中からした。
「なんだ、もう中に入っていたんですか。それならそう言ってくださいよ。高木さんは見えないんですから」
「そんなことはいいから、早く入ってこい」
自分の部屋であるかのように言うと、高木はなんの気なしに室内を見回した。
6畳間である部屋の調度品といえば、洋服ダンスとその横に並ぶ本棚、窓際の角には小型のTVがあり、中央には木目の卓袱台が置かれている。
それだけだった。
不必要なものは何もない。
そのうえ殺風景ではあるが、独身男に似合わず部屋の中はきれいに整頓されていた。
どう見ても彼女がいそうにはないから、自分で整理整頓をしているのだろうが、それにしても気味が悪いほどの清潔感だった。
台所から、信夫がグラスをふたつ手にして入ってきた。
「ずいぶん、きれいにしてるじゃないか」
「いえいえ、そうでもないですよ」
信夫はふたつのグラスに、買ってきた紙パックのお茶を注ぎ、
「どうぞ」
と、高木へひとつを差し出した。
「これは、どうも。いや、これはまた実に美味しいお茶ですね、って、こら。お茶が飲めるように見えるか?」
思わず高木は、ノリツッコミを決めた。
「いえ、見えません。まったくなにも」
信夫は眼を細め、見えないものを見ようと試みた。
「そうか。おまえには、俺の姿は見えないんだったな。俺はいまの状態に慣れてなくてな。つい見えるもんだと思っちまうんだよ」
高木には自分の姿が生前のまま見えるのだからしかたがない。
「なるほど。それにしても、すごいですね。肉体から離れることができるなんて」
「なにもすごいことなんかねえさ。だれだってこうなるんだ」
「え? だったら、僕にもできるってことですか?」
「いや、できるできないの問題じゃないだろ、これは」
「ってことは、やっぱり難しいんですね。残念」
「残念て、おまえ……」
呆れ返る高木であった。
「あの、これから夕食なんですが、いいですか」
「おう、遠慮せずに、どんどん食え」
「それでは、遠慮なく」
信夫は買ってきた弁当の包装を解き始めた。
「お、ひれカツ弁当か。美味そうだな。考えてみたら、今日はなにも食ってなかったな」
高木は弁当を覗きこむ。
「その状態でも、空腹になるんですか」
そう訊きながら、信夫は弁当を頬張る。
「いや、まったく空かないな。そうか、ってことは、メシも食わなくてすむってことか」
高木の考えは、なんとも安易である。
「それって、いいことなのか、悪いことなのかわかりませんね」
「まァな。美味いもんが食えないっていうのも、哀しいものがあるよ。とは言っても、死んじまったらしかたがないってことさ。しかしよ。おまえのバイクがぶつかってきたときには、もう1度死ぬのかって思ったぜ」
「ブッ!」
信夫はご飯粒を勢いよく噴き出した。
「なな、なななな!」
「なにをそんなに驚いてるんだよ。冗談だよ、冗談。人は1度死んだら、2度は死なねえよ。あーあー、それにしても汚ねえな。メシは噴き出すもんじゃねえだろ」
「あ、あの、いい、いま、なんて……」
弁当を持つ、信夫の手が震え出す。
「だからよ、メシは噴き出すもんじゃねえっての」
「いや、それじゃなくて」
「なんだよ、1度死んだらってやつか?」
口をあわあわさせながら、信夫はうなずく。
「それって、まさか高木さんは、ゆ、幽霊、で、ですか」
「そうだよ。俺は昨日の夜遅くに死んだのさ」
「ひぃえーッ、でででで、出ーたーッ!」
信夫は弁当を放り投げ、うしろへ後ずさった。
「って、いまごろかよ! じゃあ、いままで、俺をなんだと思ってたんだ」
「いや、僕は、その、バイクで撥ねたのが狸で、僕を化かしているのだとばかり……。まさか、あわわわ、恐いーッ」
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