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【第19話】
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「はっきり申し上げて、それはわかりません。一度この世に留まってしまうと、浮浪魂(ふろうこん)となった霊体はオーラの波動を変えてしまうのです。そうなると、天のゲートをくぐることが簡単にいかなくなってしまいます」
老人は至極真面目な顔で言った。
「どういうことだよ、それ」
高木は恐くなった。
「変化したオーラの波は、天からの波動を拒絶します。要するに、浮浪魂となった霊体はあちらから届く光を受けつけようとしないのです。そうなるのは、この世への執着が強いためでしょう。そして浮浪した魂は、その裡に虚無という闇を抱えるようになり、世の無常を嘆きながら彷徨いつづけるのです」
「それって、悪霊になったりするのかよ」
「怨念の強い浮浪魂は、確実といっていいほどそうなります」
「恐いな」
高木はゾッとして身震いした。
「とにかく、悪霊にならないにしても、この世を彷徨いつづけることには変わりないってことか」
「そのとおりです。とはいえ、それを防ぐ方法がないわけではありません」
「方法ってのは?」
「はい。それは、霊媒師や霊能者といった能力を持つ者に除霊をしていただき、裡に抱えた虚無の闇を打ち払ってもらうのです」
「それなら、この世を彷徨わずにすむんだな」
「いや、一概にはそうとも言い切れません」
「なんだよ。はっきりしねえな」
「なぜならば、その浮浪魂となった方がこの世への執着をやめないかぎりは、どうにもならないことなのです。すべては、その方自身の意思に委ねるしかありません」
「そうなのか……」
そこでまた、高木は考えこむ。
胸にこみ上げたある思いを行動に移すか否か。
老人のいまの話に心が揺れる。
その高木の様子を見て、
「高木さん、あなたもしや……」
その真意を読み取ったのか、老人が窺った。
高木はそれに答えず、老人から眼をそらす。
だが、それで老人は確信した。
「いけない、高木さん。それはいけません」
「いけないって、なにがだよ。俺はまだなにも言ってねえよ」
「言わずともわかります。あなたがなにをなさろうとしているのかは――」
「わかってる、わかってるよ。だけど俺は……」
そこで一度、高木は唇を結び、
「どうしても娘に、娘のゆかりに会いに行きたいんだよ」
苦痛を吐き出すように言った。
その想いを汲みとって、老人は深くうなずく。
「あなたの気持ちはわかります。しかし、だからといって……」
「だからもクソもねえよ。あす俺は、ゆかりに会いに行くって決めていたんだ。それを死んだくらいで、やめるわけにはいかねえよ」
そう口に出して言ってみると、高木は覚悟が決まった。
「そんな無茶なことを。この世に留まってどうなるかは、いまお話したばかりではないですか」
「浮浪魂になって、この世を彷徨いつづけるんだろ? いいさ。上等だよ。浮浪魂だろうがなんだろうが、なんにだってなってやる。そして俺は、ゆかりをずっとそばで見守っていく」
生きているあいだは何ひとつ娘にしてやれなかった。
そして高木は死んだ。
その高木が娘のためにできることといえば、見守ることしかなかった。
「見守ることならば、あちらからでもできます。どうか冷静に。心を落ち着かせてください」
老人はなんとか高木を思い留まらせようとする。
「俺はいたって冷静さ。それに、あの世からなんて、そんなどこにあるのかもわからねえところから見守ってもなんにもならねえよ。俺はいままで、なにをするんでも中途半端に投げ出してきたんだ。娘のことだって、ずっと投げ出したままでいたんだよ。なのによ、なにもできないまま、あの世になんか行けるかってんだ」
ほとんど自棄(やけ)である。
「だめです。どんな理由があるにせよ、あなたをこの世に留まらせるわけにはまいりません。わたしがお迎えにきた以上は、どうあっても天のゲートをくぐっていただきます」
なだめすかしても無駄だと知った老人は、強気にでた。
「縄で首を縛ってでも、ってか? いくらあんたが天使だからって、そんな強引なことが許されるのかよ。それにだ。死んだ自覚がなけりゃ、この世に留まるんだろうが。だったら、俺はそうするよ」
「いえ、それは無理です。あなたは自分が死んだことを、もう自覚なさっている」
老人はきっぱりと言った。
「クッ!」
高木は悔しげに拳を握りしめた。
老人は至極真面目な顔で言った。
「どういうことだよ、それ」
高木は恐くなった。
「変化したオーラの波は、天からの波動を拒絶します。要するに、浮浪魂となった霊体はあちらから届く光を受けつけようとしないのです。そうなるのは、この世への執着が強いためでしょう。そして浮浪した魂は、その裡に虚無という闇を抱えるようになり、世の無常を嘆きながら彷徨いつづけるのです」
「それって、悪霊になったりするのかよ」
「怨念の強い浮浪魂は、確実といっていいほどそうなります」
「恐いな」
高木はゾッとして身震いした。
「とにかく、悪霊にならないにしても、この世を彷徨いつづけることには変わりないってことか」
「そのとおりです。とはいえ、それを防ぐ方法がないわけではありません」
「方法ってのは?」
「はい。それは、霊媒師や霊能者といった能力を持つ者に除霊をしていただき、裡に抱えた虚無の闇を打ち払ってもらうのです」
「それなら、この世を彷徨わずにすむんだな」
「いや、一概にはそうとも言い切れません」
「なんだよ。はっきりしねえな」
「なぜならば、その浮浪魂となった方がこの世への執着をやめないかぎりは、どうにもならないことなのです。すべては、その方自身の意思に委ねるしかありません」
「そうなのか……」
そこでまた、高木は考えこむ。
胸にこみ上げたある思いを行動に移すか否か。
老人のいまの話に心が揺れる。
その高木の様子を見て、
「高木さん、あなたもしや……」
その真意を読み取ったのか、老人が窺った。
高木はそれに答えず、老人から眼をそらす。
だが、それで老人は確信した。
「いけない、高木さん。それはいけません」
「いけないって、なにがだよ。俺はまだなにも言ってねえよ」
「言わずともわかります。あなたがなにをなさろうとしているのかは――」
「わかってる、わかってるよ。だけど俺は……」
そこで一度、高木は唇を結び、
「どうしても娘に、娘のゆかりに会いに行きたいんだよ」
苦痛を吐き出すように言った。
その想いを汲みとって、老人は深くうなずく。
「あなたの気持ちはわかります。しかし、だからといって……」
「だからもクソもねえよ。あす俺は、ゆかりに会いに行くって決めていたんだ。それを死んだくらいで、やめるわけにはいかねえよ」
そう口に出して言ってみると、高木は覚悟が決まった。
「そんな無茶なことを。この世に留まってどうなるかは、いまお話したばかりではないですか」
「浮浪魂になって、この世を彷徨いつづけるんだろ? いいさ。上等だよ。浮浪魂だろうがなんだろうが、なんにだってなってやる。そして俺は、ゆかりをずっとそばで見守っていく」
生きているあいだは何ひとつ娘にしてやれなかった。
そして高木は死んだ。
その高木が娘のためにできることといえば、見守ることしかなかった。
「見守ることならば、あちらからでもできます。どうか冷静に。心を落ち着かせてください」
老人はなんとか高木を思い留まらせようとする。
「俺はいたって冷静さ。それに、あの世からなんて、そんなどこにあるのかもわからねえところから見守ってもなんにもならねえよ。俺はいままで、なにをするんでも中途半端に投げ出してきたんだ。娘のことだって、ずっと投げ出したままでいたんだよ。なのによ、なにもできないまま、あの世になんか行けるかってんだ」
ほとんど自棄(やけ)である。
「だめです。どんな理由があるにせよ、あなたをこの世に留まらせるわけにはまいりません。わたしがお迎えにきた以上は、どうあっても天のゲートをくぐっていただきます」
なだめすかしても無駄だと知った老人は、強気にでた。
「縄で首を縛ってでも、ってか? いくらあんたが天使だからって、そんな強引なことが許されるのかよ。それにだ。死んだ自覚がなけりゃ、この世に留まるんだろうが。だったら、俺はそうするよ」
「いえ、それは無理です。あなたは自分が死んだことを、もう自覚なさっている」
老人はきっぱりと言った。
「クッ!」
高木は悔しげに拳を握りしめた。
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