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【第17話】
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「だが、しかしだ。あんたが天使だって言うんなら、見せてみなよ」
高木は天使と自称する老人を見つめた。
「見せろとは、なにをです?」
老人は眉根を寄せる。
「ほら、あれだよ。天使にはあるだろ? 大きくて立派なモンがよ」
「大きくて立派な……」
と、老人は自分の下半身に眼を落とした。
「って、じいさん。あんたのイチモツなんて見たくもねえよ。そうじゃなくて、ほら、背中にデカイやつがさ」
「デカイ……。あァ、翼のことですか。はいはい、ありますよ」
「ウソ、ほんと? だったら、見せてくれよ」
「いいですよ。では、どうぞ」
と、答えたものの、老人の背からは一向に翼が現れない。
「あのさ、俺、ヒマそうに見えるかもしれないが、あんたのでまかせにつき合ってるほどヒマじゃないんだ。それに、さほど期待感を持ってるわけじゃないし」
「失礼な。わたしはでまかせなど申しません」
老人は気を悪くしたとみえて、顔をプイとそむけた。
「わかった、わかったよ。どうかあなたの翼を、さっさと出してくれませんか」
「だから先ほども、どうぞ、と言ったじゃありませんか」
老人は「背中を見てみなさい」という仕草をする。
高木はそろそろと、老人の背を覗いてみた。
すると、
あった。
「なんだこりゃ」
それは確かに翼であった。
だが、見事なまでの小ささだった。
その大きさといったら、肩甲骨を隠すほどしかない。
「冗談だろ? これ」
「いえいえ、冗談などではありません。正真正銘、天使の翼です」
「ハハ、なにが正真正銘、天使の翼です、だよ。子供の天使だって、もっとマシな翼を持ってるだろうがよ。こんなの、どうせ贋物だろ?」
高木はその翼をむんずと掴み、引き剥がそうとした。
「痛い! なにをするんですか。痛いですよ、おやめなさい。イタタタタッ!」
大げさなリアクションで老人は痛がった。
しかし、老人にすれば大げさでもなんでもない。
ほんとうに痛いのである。
どんなに小さかろうが、れっきとしてその翼は、老人の背中から生えていた。
「なんだよ。これ本物か?」
「だから、正真正銘と言ったではないですか。とにかく、その手を離しなさい」
「あ、おっと、すまない」
高木は翼からパッと手を離した。
手のひらには抜けた羽根がついていて、それを息で吹き払う。
「あなたという人は、いったいどういう方なのですか。天使のシンボルともいえる翼を、鷲掴みにするとは」
肩にかかった羽根を、老人は手で払った。
「いや、ほんとにすまない。そんな小さな翼が、まさか本物とは思いもしなかったからよ」
「小さくて悪かったですね。コンパクトのほうがなにかと便利なのですよ」
「って言うか、じいさん、あんた天使の中では下っ端なんだろ」
「な、なにを根拠にそんなことを。わたしを愚弄する気ですか」
老人は目尻のしわが切り裂かれんばかりに眼を見開き、高木を睨みつけた。
「なにも、そんな恐い顔で睨まなくたっていいじゃねえか。俺はべつに、あんたを馬鹿にしてるわけじゃない。その翼を見りゃあ、だれだって下っ端だって思うさ」
「むむむむ……」
とたんに老人はしょげて、屈みこんだかと思うと指先で床をぐりぐりとやり始めた。
「フン、だ。どうせわたしは下っ端ですよ。どうせ、どうせ……」
「あーあ、スネちゃったよ。じいさん、わかった、俺が悪かった。だからそんなにスネるなって、な」
拗ねる老人の背に手をやり、高木がなだめる。
「心から悪いと思っていますか?」
「思ってる」
「では、わたしは下っ端じゃないと、訂正しますか?」
「する。いくらでも訂正する。じいさんは下っ端なんかじゃない」
「そうですか。それならば、あなたを許しましょう」
老人はすっと立ち上がり、身なりを整えた。
なんとも立ち直りが早かった。
高木は天使と自称する老人を見つめた。
「見せろとは、なにをです?」
老人は眉根を寄せる。
「ほら、あれだよ。天使にはあるだろ? 大きくて立派なモンがよ」
「大きくて立派な……」
と、老人は自分の下半身に眼を落とした。
「って、じいさん。あんたのイチモツなんて見たくもねえよ。そうじゃなくて、ほら、背中にデカイやつがさ」
「デカイ……。あァ、翼のことですか。はいはい、ありますよ」
「ウソ、ほんと? だったら、見せてくれよ」
「いいですよ。では、どうぞ」
と、答えたものの、老人の背からは一向に翼が現れない。
「あのさ、俺、ヒマそうに見えるかもしれないが、あんたのでまかせにつき合ってるほどヒマじゃないんだ。それに、さほど期待感を持ってるわけじゃないし」
「失礼な。わたしはでまかせなど申しません」
老人は気を悪くしたとみえて、顔をプイとそむけた。
「わかった、わかったよ。どうかあなたの翼を、さっさと出してくれませんか」
「だから先ほども、どうぞ、と言ったじゃありませんか」
老人は「背中を見てみなさい」という仕草をする。
高木はそろそろと、老人の背を覗いてみた。
すると、
あった。
「なんだこりゃ」
それは確かに翼であった。
だが、見事なまでの小ささだった。
その大きさといったら、肩甲骨を隠すほどしかない。
「冗談だろ? これ」
「いえいえ、冗談などではありません。正真正銘、天使の翼です」
「ハハ、なにが正真正銘、天使の翼です、だよ。子供の天使だって、もっとマシな翼を持ってるだろうがよ。こんなの、どうせ贋物だろ?」
高木はその翼をむんずと掴み、引き剥がそうとした。
「痛い! なにをするんですか。痛いですよ、おやめなさい。イタタタタッ!」
大げさなリアクションで老人は痛がった。
しかし、老人にすれば大げさでもなんでもない。
ほんとうに痛いのである。
どんなに小さかろうが、れっきとしてその翼は、老人の背中から生えていた。
「なんだよ。これ本物か?」
「だから、正真正銘と言ったではないですか。とにかく、その手を離しなさい」
「あ、おっと、すまない」
高木は翼からパッと手を離した。
手のひらには抜けた羽根がついていて、それを息で吹き払う。
「あなたという人は、いったいどういう方なのですか。天使のシンボルともいえる翼を、鷲掴みにするとは」
肩にかかった羽根を、老人は手で払った。
「いや、ほんとにすまない。そんな小さな翼が、まさか本物とは思いもしなかったからよ」
「小さくて悪かったですね。コンパクトのほうがなにかと便利なのですよ」
「って言うか、じいさん、あんた天使の中では下っ端なんだろ」
「な、なにを根拠にそんなことを。わたしを愚弄する気ですか」
老人は目尻のしわが切り裂かれんばかりに眼を見開き、高木を睨みつけた。
「なにも、そんな恐い顔で睨まなくたっていいじゃねえか。俺はべつに、あんたを馬鹿にしてるわけじゃない。その翼を見りゃあ、だれだって下っ端だって思うさ」
「むむむむ……」
とたんに老人はしょげて、屈みこんだかと思うと指先で床をぐりぐりとやり始めた。
「フン、だ。どうせわたしは下っ端ですよ。どうせ、どうせ……」
「あーあ、スネちゃったよ。じいさん、わかった、俺が悪かった。だからそんなにスネるなって、な」
拗ねる老人の背に手をやり、高木がなだめる。
「心から悪いと思っていますか?」
「思ってる」
「では、わたしは下っ端じゃないと、訂正しますか?」
「する。いくらでも訂正する。じいさんは下っ端なんかじゃない」
「そうですか。それならば、あなたを許しましょう」
老人はすっと立ち上がり、身なりを整えた。
なんとも立ち直りが早かった。
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