上 下
17 / 84

【第17話】

しおりを挟む
「だが、しかしだ。あんたが天使だって言うんなら、見せてみなよ」

 高木は天使と自称する老人を見つめた。

「見せろとは、なにをです?」

 老人は眉根を寄せる。

「ほら、あれだよ。天使にはあるだろ? 大きくて立派なモンがよ」

「大きくて立派な……」

 と、老人は自分の下半身に眼を落とした。

「って、じいさん。あんたのイチモツなんて見たくもねえよ。そうじゃなくて、ほら、背中にデカイやつがさ」
「デカイ……。あァ、翼のことですか。はいはい、ありますよ」
「ウソ、ほんと? だったら、見せてくれよ」
「いいですよ。では、どうぞ」

 と、答えたものの、老人の背からは一向に翼が現れない。

「あのさ、俺、ヒマそうに見えるかもしれないが、あんたのでまかせにつき合ってるほどヒマじゃないんだ。それに、さほど期待感を持ってるわけじゃないし」
「失礼な。わたしはでまかせなど申しません」

 老人は気を悪くしたとみえて、顔をプイとそむけた。

「わかった、わかったよ。どうかあなたの翼を、さっさと出してくれませんか」
「だから先ほども、どうぞ、と言ったじゃありませんか」

 老人は「背中を見てみなさい」という仕草をする。
 高木はそろそろと、老人の背を覗いてみた。
 すると、
 あった。

「なんだこりゃ」

 それは確かに翼であった。
 だが、見事なまでの小ささだった。
 その大きさといったら、肩甲骨を隠すほどしかない。

「冗談だろ? これ」
「いえいえ、冗談などではありません。正真正銘、天使の翼です」
「ハハ、なにが正真正銘、天使の翼です、だよ。子供の天使だって、もっとマシな翼を持ってるだろうがよ。こんなの、どうせ贋物だろ?」

 高木はその翼をむんずと掴み、引き剥がそうとした。

「痛い! なにをするんですか。痛いですよ、おやめなさい。イタタタタッ!」

 大げさなリアクションで老人は痛がった。
 しかし、老人にすれば大げさでもなんでもない。
 ほんとうに痛いのである。
 どんなに小さかろうが、れっきとしてその翼は、老人の背中から生えていた。

「なんだよ。これ本物か?」
「だから、正真正銘と言ったではないですか。とにかく、その手を離しなさい」
「あ、おっと、すまない」

 高木は翼からパッと手を離した。
 手のひらには抜けた羽根がついていて、それを息で吹き払う。

「あなたという人は、いったいどういう方なのですか。天使のシンボルともいえる翼を、鷲掴みにするとは」

 肩にかかった羽根を、老人は手で払った。

「いや、ほんとにすまない。そんな小さな翼が、まさか本物とは思いもしなかったからよ」
「小さくて悪かったですね。コンパクトのほうがなにかと便利なのですよ」
「って言うか、じいさん、あんた天使の中では下っ端なんだろ」
「な、なにを根拠にそんなことを。わたしを愚弄する気ですか」

 老人は目尻のしわが切り裂かれんばかりに眼を見開き、高木を睨みつけた。

「なにも、そんな恐い顔で睨まなくたっていいじゃねえか。俺はべつに、あんたを馬鹿にしてるわけじゃない。その翼を見りゃあ、だれだって下っ端だって思うさ」
「むむむむ……」

 とたんに老人はしょげて、屈みこんだかと思うと指先で床をぐりぐりとやり始めた。

「フン、だ。どうせわたしは下っ端ですよ。どうせ、どうせ……」
「あーあ、スネちゃったよ。じいさん、わかった、俺が悪かった。だからそんなにスネるなって、な」

 拗ねる老人の背に手をやり、高木がなだめる。

「心から悪いと思っていますか?」
「思ってる」
「では、わたしは下っ端じゃないと、訂正しますか?」
「する。いくらでも訂正する。じいさんは下っ端なんかじゃない」
「そうですか。それならば、あなたを許しましょう」

 老人はすっと立ち上がり、身なりを整えた。
 なんとも立ち直りが早かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

新訳 軽装歩兵アランR(Re:boot)

たくp
キャラ文芸
1918年、第一次世界大戦終戦前のフランス・ソンム地方の駐屯地で最新兵器『機械人形(マシンドール)』がUE(アンノウンエネミー)によって強奪されてしまう。 それから1年後の1919年、第一次大戦終結後のヴェルサイユ条約締結とは程遠い荒野を、軽装歩兵アラン・バイエルは駆け抜ける。 アラン・バイエル 元ジャン・クロード軽装歩兵小隊の一等兵、右肩の軽傷により戦後に除隊、表向きはマモー商会の商人を務めつつ、裏では軽装歩兵としてUEを追う。 武装は対戦車ライフル、手りゅう弾、ガトリングガン『ジョワユーズ』 デスカ 貴族院出身の情報将校で大佐、アランを雇い、対UE同盟を締結する。 貴族にしては軽いノリの人物で、誰にでも分け隔てなく接する珍しい人物。 エンフィールドリボルバーを携帯している。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...