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【第14話】

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「無駄なことを」

 老人がぽつりと言う。
 高木は老人を睨みつけた。

「無駄ってなんだよ。俺は死ねないんだ。どうしても」

 娘に会いに行く、と心に決めたからには、いまここで死ぬわけにはいかなかった。
 どうしても死ななければならないというのなら、せめて、せめてあともう一日猶予がほしかった。

「先生、頼む。あと1日だけでいいから、俺の息を吹き返させてくれ。おねがいだ」

 それは懇願だった。
 もう1日だけでいい。
 娘に会うことさえできれば、この命、どこにでも差し出す覚悟はある。
 だが、その想いもつかの間、医師の手が止まった。
 彼は、力及ばずといった翳りをその表情に浮べ、臨終であることを告げた。

「なんだよ先生! まだあきらめるなよ。俺はここにいるんだからよ。あともう少しがんばってくれれば生き返るから。な、頼むよ」

 高木は、離れていこうとする医師の腕を掴んだ。
 しかし、その手は無常にも、医師の腕をすり抜けてしまった。

「クソッ……」

 高木は自分の肉体へとふり返り、身体の中にもどろうと試みた。
 けれどもどれない。
 なんどもなんども試みるが、やはり結果はおなじであった。
 看護師が酸素マスクを外す。

「おい、待てよ」

 高木がそう言うそばから、心電図のコードが外され、点滴の針が外されていった。

「待てって言ってるじゃねえか。聴こえねえのかよ!」

 といって看護師が耳を貸すはずもない。
 高木の声は聴こえるはずもないのだから。
 高木の肉体からすべてが取り外されると、白いシーツが頭の先まで引かれ、顔を被われてしまった。
 シーツに被われた自分の肉体を見つめ、高木はがっくりとうなだれた。
 打ち沈む高木の肩に、老人がそっと手をやった。

「気を落とすことはありません。あなたはいま、解放されたのです」
「解放だと? ふざけんな!」

 その手を、高木は邪険にふり払った。
 抜け殻となった自分の肉体を見つめながら、奥歯を噛む。
 泣きたい気分だった。

 どうしてだ……。

 ダーク色に打ち沈む中で高木は思った。
 どうしていま、死ななければならないのかと。
 それも、明日には娘に会いに行こうと決めた、その矢先にだ。

 どうしてなんだ……。

 今日はツキにツキまくった一日だったはずだ。
 宝クジの「スクラッチ」で10万円を使いはしたが、あんなものは300万円をせしめたことに対しての税金みたいなもので、ツキが尽きたわけじゃない。
 いや、百歩、いやいや千歩譲って、たとえツキが尽きたのだとしても命まで奪われることではないだろう。
 気まぐれなツキの女神が、そっぽを向いたのはしかたがないとしても、生死をつかさどる神までが、娘に会うという一大イベントを控えて命を奪うとはどういうことなのか。
 あまりに無慈悲というものではないか。
 高木は天を仰いだ。

 神様、教えてくれ……。
 って、あれ?
 こういうときって神様なのかな、それとも仏様?
 うーわからん……。
 わからねえときは、両方に頼んでおけばいいか……。
 そんじゃ、改めて……。
 神様仏様、どうか教えてくれ……。
 どうして俺は、死ななければならないんだ?……。
 俺が娘に会いに行くと決心したのを、あんたらは知ってるんだろ?……。
 それなのにどうしてだ?……。
 どんなに俺が、娘に会いたいと想っていたか、それだって知っていたはずだよな……。
 それなのに、いったいどういうことなんだよ……。
 そりゃあ俺は、都合のいいときだけしか、あんたらを信じなかったさ……。
 それにバチあたりなことばかりしてきたよ……。
 お地蔵さんに供えてあったまんじゅうを、食ったときもあったさ……。
 でもよ、だからってよ、この仕打ちはひどすぎるよ……。
 なにごとにも限度ってものがあるじゃねえか……。
 それに300万円て大金を手にしたってのに、「はい、あなたは死にました」じゃ、俺はうかばれないよ……。
 飴と鞭ってのはわかるよ……。
 けどさ、飴と死なんてシャレにもならねえじゃないの……。
 大体が、その300万円は娘との未来のために与えてくれたんじゃなかったのかい?……。
 な、おねがいだよ……。
 医者の先生は俺を救えなかったけど、神仏のあんたらだったら救えるだろ?……。
 頼む……。
 頼みます……。
 どうか俺を、生き返らせてください……。
 ちょっとのあいだ、娘に会わせてくれるだけでいいんです……。
 他にはなにも望みません……。
 その望みが叶えられるなら、俺は地獄へ行ったっていい……。
 とは言っても、はなから俺が、天国へ召されるとは思っていませんが、少しばかり、俺の気持ちを酌んでください……。
 ダメですか?……。
 ね、なんとか言ってくださいよ……。

 高木は知らぬ間に膝をつき、手のひらを組んで懇願(こんがん)していた。
 だが、それに答えるものなどあるわけが――

「それは無理です」

 あったのだった。
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