喪失~失われた現実~

星 陽月

文字の大きさ
上 下
22 / 36

チャプター【22】

しおりを挟む
(見棄ててしまうなんて……。私は最低だわ)

 さとみは自分を蔑んだ。
 どうして逃げたりしたのか。
 見棄てるくらいなら、初めから救い出そうとしなければよかったのだ。
 そんな自分を恥じた。
 するとそこで、ふいにさとみは立ち上がった。

(せめて、埋葬してあげなきゃ……)

 その思いに部屋着を脱ぐと、パーカーとジーンズに着替えた。
 そしてベランダから雨の様子を窺った。
 雨はほとんどやんでいる。
 これなら少しは濡れるだろうが、傘の必要はないだろう。
 さとみはベランダの片隅にある花壇用のシャベルを手に取ると、足早に部屋をあとにした。
 児童公園に着き、だが、さとみは自分の眼を疑った。
 植え込みに沿った路上には、何もなかった。
 そこにあるはずの蟇の死骸、そして虫の息だった仔猫、それが跡形もなく消えているのだった。
 夜とはいえ、外灯の明かりは公園前の路上を照らしている。
 遮るものなどなにもない。
 さとみは周囲を見回した。
 だがやはり、ない。
 水たまりに溜まっていた卵もなくなっている。
 いったいどういうことなのだろうか。
 さとみがこの場から逃げ去ってからは1時間ほどが経っている。
 そのあいだに、だれかが処理をしたのだろうか。
 それともまさか、仔猫が自力でどこかへ身を隠したというのか。
 仔猫は確かに、虫の息ながらも生きていた。
 しかし、だからといって、下半身を失いはらわたを曝け出したあの状態で、動くことなど無理だろう。
 とすれば、考えられることはもうひとつ。
 蟇がまだ生きていたということだ。
 そのたぐいではありえない巨躯を有した、仔猫を呑みこむほどの蛙。
 そのうえ背中の疣(いぼ)から卵を産み落とす、そんな突然変異としか思えない怪異な生き物ならば、生きていたとしてもおかしくはないかもしれない。
 いや、その考えはあまりにも横暴というものだ。
 いくら巨大化した蟇だとしても化け物ではない。
 頭はへしゃげ、片眼は潰れ、もう片方の眼球は飛び出してしまっていたのだ。
 それでも生きているとは、とても思えない。
 やはり、だれかが処理をしたということなのだろう。
 そう思うほうが自然というものだ。
 けれど、それでもさとみには、まだどこか納得しきれないものがあるのか、植え込みに眼を凝らしながら園内にまで入っていった。
 園内にも外灯はあるが、全体を照らすほどの光力はない。
 その暗さの中を、さとみは眼を配りながら歩いた。
 と、ベンチのほうからかすかな音が聴こえた。
 さとみはベンチへと眼を向け、ゆっくりと近づいていく。
 ベンチの右手に注意深く視線を絞ってみれば塊のようなものがある。
 それは、一抱えもありそうな黒い岩。
 だが、岩ではない。
 それの表面が、うねりながら蠢いている。
 さらにさとみは近づいていく。
 すると、かすかだった音がはっきりと聴こえてきた。

  ぐちゃり、
  ぐちゃ、ぐちゃ、
  ぐちゃり、
  ぐちゃ、
 ぐちゃ……。

 それは、やわらかく水分をふくんだ何かを貪り喰うような音。
 そして、その音とは別に、

  こり、こり、
  こりり、
  こり、
  こり……。

 と、何か硬いものにかじりついているような音が混じる。
 そのおぞましい音にさとみは足が竦(すく)み、だが、それの正体が知りたくて、また、そろりそろりと近づいていった。
 すぐ間近にまで行くと足を止めた。
 わずかに届く外灯のあかりに、それの姿が見える。
 黒い岩と見えたもの。

 それは漆黒の闇――

 その闇が蠢いている。
 いや、ちがう。
 それ自体が、まるで闇が凝ったような漆黒をまとっていたためにそう見えただけだ。

 それの正体は――

 甲殻類の、蟲(むし)であった。
 だがそれは、岩のごとく大きな一匹の蟲(むし)というわけではなかった。
 幾匹もの蟲が重なり合って、うぞうぞと蠢きながらひとつの塊となっている。
 とは言っても、1匹1匹の大きさは鼠ほどもあった。
 頭部には複数の眼が見てとれる。
 先端にある触覚は異様に長く、小刻みに振動していた。
 その外貌は団子虫に似ている。
 しかし、それと比べれば、あまりにも大きすぎる。
 蟲が、これほどの大きさになるものなのだろうか。

(この蟲はいったい……)

 仔猫を呑みこんだあの蟇、そしてこの蟲。
 どちらも、その大きさは尋常ではない。
 なにがどうなれば、これだけの大きさに変貌するのか。
 それは突然変異どころではなく、生態そのものが狂ってしまったとしか思えなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
ホラー
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。 完全フィクション作品です。 実在する個人・団体等とは一切関係ありません。 あらすじ 趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。 そして、その建物について探り始める。 あぁそうさ下らねぇ文章で何が小説だ的なダラダラした展開が 要所要所の事件の連続で主人公は性格が変わって行くわ だんだーん強くうぅううー・・・大変なことになりすすぅーあうあうっうー めちゃくちゃなラストに向かって、是非よんでくだせぇ・・・・え、あうあう 読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。 もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。 大変励みになります。 ありがとうございます。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

無能な陰陽師

もちっぱち
ホラー
警視庁の詛呪対策本部に所属する無能な陰陽師と呼ばれる土御門迅はある仕事を任せられていた。 スマホ名前登録『鬼』の上司とともに 次々と起こる事件を解決していく物語 ※とてもグロテスク表現入れております お食事中や苦手な方はご遠慮ください こちらの作品は、 実在する名前と人物とは 一切関係ありません すべてフィクションとなっております。 ※R指定※ 表紙イラスト:名無死 様

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

処理中です...