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チャプター【5】
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(どういうことだ……)
滝沢は改めるように、会議室を見回した。
しかし、男の姿があるはずもなかった。
男から眼を逸らしたのは、ほんの一瞬のことだ。
その一瞬のあいだに、男が会議室を出ていったとは考えられない。
ましてや、会議室のドアが開閉された気配もなかった。
なのに男は、初めからそこにいなかったかのように姿を消していた。
それはまさしく、男がこの場から消えてしまったとしか思えなかった。
1滝沢はイスに坐り、目頭を指先で揉んだ。
(いったい今日は、どうなってるんだ……)
光りを帯びた霧、そしていまの男。
そのどちらも、煙のごとく瞬く間に消えてしまった。
そんなことは現実的にはありえないことだ。
光りを帯びた霧だけならばまだ、眼の錯覚だったと自分に言い聞かせることもできるが、人ひとりが消えたとなれば、それはもう眼の錯覚ではすまされない。
しかし、消えてしまったのは確かなのだ。
それをどう説明すればいいのか。
考えられるのはひとつ。
それは言うまでもなく、あの男が肉体を持たない人間、亡霊だったということだ。
そう思ってしまえば簡単に納得ができる。
だが、滝沢は苦笑交じりに首をふった。
(なにを、ばかなことを……)
亡霊などと、それだって現実にはありえない。
仮にもし、男がほんとうに亡霊だとしたなら、わざわざ受付を介する必要はなかっただろう。
だれの許可を得ることも、警備の眼に触れることもなく会いに来ることは易々とできたはずだ。
いや――子供じゃあるまいし、そんなことを考える自体がばかげている。
男はきっと、警備に連絡をすると聞いて慌てて会議室を出ていったのだろう。
それに気づかなかった。それが現実的というものだ。
滝沢はそう結論づけた。
それにしても、救済人などとふざけたことを言っていたが、あの男はいったい何者だったのだろうか。
滝沢には、男の言ったことの意味がとても理解ができなかった。
日常の中で依存を来たしてしまった、と男は言っていたが、それは当然のことではないのか。
人間が生きていくために、他のあらゆるものに依存することはなんの不思議でもない。
他の生物もそうだが、人間は何よりもまず呼吸をする。
ということは酸素を必要とし、それは、人間が酸素に依存しているということにほかならない。
酸素がなければ、それだけで生存することは不可能なのだ。
そもそも人間は、いや生物というものは他のものと依存し合って生きている。
それは依存関係といえる。
あるものの存在ないし性質が他のものによって規定され、条件づけられる関係や、帰結と理由とのような論理的な関係を保っている。
または結果と原因とのような実在的な関係、そういった依存関係があるからこそ生物は生存が可能なのだ。
そうでなければ生命自体が消滅してしまう。
なのに男はさらに、依存症を起してしまったその影響で囚われてしまったと言ってもいいとつけ加え、精神に異常があるというのはまさにそのことだとも言った。
それはどういうことなのか。
人間は確かに、様々なものに囚われているというのも事実だが、それでも、ある程度のことは克服しながら生きている。
しかし男の話から察すれば、その生きていること自体が精神に異常をきたす要因なのだと言っているようにしか思えない。
とすれば、この世に存在する人間すべてが精神に異常を来たしているということになる。
どう考えてみても、まったく理解ができない。
そして、最後にあの男が言った言葉。
このままでは、数日のうちに始ってしまいます――
あのときは、憤りに聞き流してしまったが、その言葉には、どんな意味があるというのだろうか。
やはりあの男は、何か宗教のたぐいの人間にちがいない。
それならば、早く忘れてしまったほうがいいだろう。
そう思いながらも、だが、男の存在は滝沢の中に拭い去れないしこりとなって残った。
滝沢は改めるように、会議室を見回した。
しかし、男の姿があるはずもなかった。
男から眼を逸らしたのは、ほんの一瞬のことだ。
その一瞬のあいだに、男が会議室を出ていったとは考えられない。
ましてや、会議室のドアが開閉された気配もなかった。
なのに男は、初めからそこにいなかったかのように姿を消していた。
それはまさしく、男がこの場から消えてしまったとしか思えなかった。
1滝沢はイスに坐り、目頭を指先で揉んだ。
(いったい今日は、どうなってるんだ……)
光りを帯びた霧、そしていまの男。
そのどちらも、煙のごとく瞬く間に消えてしまった。
そんなことは現実的にはありえないことだ。
光りを帯びた霧だけならばまだ、眼の錯覚だったと自分に言い聞かせることもできるが、人ひとりが消えたとなれば、それはもう眼の錯覚ではすまされない。
しかし、消えてしまったのは確かなのだ。
それをどう説明すればいいのか。
考えられるのはひとつ。
それは言うまでもなく、あの男が肉体を持たない人間、亡霊だったということだ。
そう思ってしまえば簡単に納得ができる。
だが、滝沢は苦笑交じりに首をふった。
(なにを、ばかなことを……)
亡霊などと、それだって現実にはありえない。
仮にもし、男がほんとうに亡霊だとしたなら、わざわざ受付を介する必要はなかっただろう。
だれの許可を得ることも、警備の眼に触れることもなく会いに来ることは易々とできたはずだ。
いや――子供じゃあるまいし、そんなことを考える自体がばかげている。
男はきっと、警備に連絡をすると聞いて慌てて会議室を出ていったのだろう。
それに気づかなかった。それが現実的というものだ。
滝沢はそう結論づけた。
それにしても、救済人などとふざけたことを言っていたが、あの男はいったい何者だったのだろうか。
滝沢には、男の言ったことの意味がとても理解ができなかった。
日常の中で依存を来たしてしまった、と男は言っていたが、それは当然のことではないのか。
人間が生きていくために、他のあらゆるものに依存することはなんの不思議でもない。
他の生物もそうだが、人間は何よりもまず呼吸をする。
ということは酸素を必要とし、それは、人間が酸素に依存しているということにほかならない。
酸素がなければ、それだけで生存することは不可能なのだ。
そもそも人間は、いや生物というものは他のものと依存し合って生きている。
それは依存関係といえる。
あるものの存在ないし性質が他のものによって規定され、条件づけられる関係や、帰結と理由とのような論理的な関係を保っている。
または結果と原因とのような実在的な関係、そういった依存関係があるからこそ生物は生存が可能なのだ。
そうでなければ生命自体が消滅してしまう。
なのに男はさらに、依存症を起してしまったその影響で囚われてしまったと言ってもいいとつけ加え、精神に異常があるというのはまさにそのことだとも言った。
それはどういうことなのか。
人間は確かに、様々なものに囚われているというのも事実だが、それでも、ある程度のことは克服しながら生きている。
しかし男の話から察すれば、その生きていること自体が精神に異常をきたす要因なのだと言っているようにしか思えない。
とすれば、この世に存在する人間すべてが精神に異常を来たしているということになる。
どう考えてみても、まったく理解ができない。
そして、最後にあの男が言った言葉。
このままでは、数日のうちに始ってしまいます――
あのときは、憤りに聞き流してしまったが、その言葉には、どんな意味があるというのだろうか。
やはりあの男は、何か宗教のたぐいの人間にちがいない。
それならば、早く忘れてしまったほうがいいだろう。
そう思いながらも、だが、男の存在は滝沢の中に拭い去れないしこりとなって残った。
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