柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 89】

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 今日は日曜日。
 クララ姫に逢える日である。
 吾輩は朝から胸をときめかせて、散歩の時間を待った。
 しかし、困ったことに、この時の流れというものは非常に厄介である。
 楽しいことやうれしいことを待つときなどは、時の流れというのは遅くなる。
 そのくせ、いざ楽しいことやうれしい時間を過ごしていると、時は瞬く間に流れていく。
 と言って何も、時の流れが意地悪をしているわけではない。
 お天道様だって、わざとゆっくり動いたりもせず、急ぎ足で西の果てに沈んでいったりはしない。
 ではなぜ、時の流れが遅くなったり早くなったりするのか。
 それは感覚の成せるわざなのである。
 退屈のなときもそうだが、自分自身が楽しくないと感じたとき時の流れは遅くなり、逆に楽しいと感じたときには、時の流れは早くなる。
 だとすると、時間というものはただの概念にすぎず、その正体は`あってないもの`としか言いようがない。
 とは言え、時間というものは確かにあるのだ。
 その中で、生きとし生けるものすべては囚われているのである。
 だからこそこの吾輩も、あーだこーだと考えながら散歩に行く時間を朝から待ちつづけているのだ。
 そうしてなんとか昼となり、時間の短縮にならぬものかとランチを貪り喰ってみたが、早く食したことで散歩の時間を待つ時間が長くなっただけであった。
 兎にも角にも、クララ姫に逢いたいという想いが強ければ強いほど、時間は反比例して遅くなるというわけなのである。
 余談であるが、かの有名な理論物理学者であるアルベルト・アインシュタインとネイサン・ローゼンが、ともに数学的仮説に基づく時空構造モデルとして1936年に発表した、「アインシュタイン・ローゼン橋」というものがある。
 それはいわゆるワーム・ホールのことなのだが、簡単に説明すると、時空に穴を開けて別の時空に通り抜ける通路のようなものであるらしい。
 もっとわかりう易く言うならば、それはスター・トレックやスター・ウォーズといったSF映画で出てくる「ワープ」とか「ジャンプ」と呼ばれる時空走行のことだ。
 もしもそんなことが実現できるならば、一瞬にして夕刻の河川敷の公園へ行くことができるであろう。
 それどころか、何光年も先にある銀河にだって行けるし、過去や未来にだって行くことができるのだ。
 なんと素晴らしいことだろうか。
 時間の呪縛から解き放たれるのである。
 だが、残念ながら現実的にはそんなことは起こりえない。
 過去や未来に行くとなればタイム・マシンだが、いまの人間の科学力では到底それを作ることはできない。
 ならば未来の人間ならばどうかと言うと、その未来から現代に未来人がやってきたという形跡はないから、やはり未来でもタイム・マシンを作ることは不可能ということなのだ。
 仮に、針の穴よりも小さい可能性を信じてタイム・マシンが作れたとしても、ワーム・ホールはブラック・ホールと同レベルの重力がかかっているのである。
 それは光をも飲み込んでしまうほどの重力なのだから、人間どころかどんな生き物も、肉体はあっという間もなく消失してしまうだろう。
 やはり、時空を越えたり過去や未来へのタイム・トラベルは夢のまた夢の話しなのである。
 だが、がっかりするのはまだ早い。
 これも、もしかしたらという話なのだが、ワーム・ホールを通り抜けるとき、その膨大な重力によって生き物の肉体が消失しまうのなら、初めから肉体がなければいいいのではないかという考え方がある。
 要するに肉体がなければワーム・ホールを通り抜けられるのだから、肉体を原子レベルに分解して、ワーム・ホールを通り抜けたところで再構築させればいいのである。
 しかし、肉体を原子レベルに分解させるということは、オリジナルの細胞は消滅して新たな細胞で再構築するということになるわけだ。
 つまり、再構築された肉体はコピーなのである。

 肉体を原子レベルに分解させて、それで生きていられるのか?

 確かにそうである。

 オリジナルの細胞は消滅してしまうのだから、それは肉体の死を意味するのではないか?
 再構築された肉体はコピーなのだから、その肉体に魂は宿っているのか?
 もし意識さえも再構築されたとして、とうぜんそれもコピーなのだから、すべてがコピーとなった自分は果たして   自分と言えるのか?

 どうしたって、そんな疑問が湧いてくる。

 うむむ……。
 わからぬ……。

 言わずもがな、吾輩にわかるわけがないのだ。
 ここまで、小難しいことをベラベラと話してきたが、あくまでも余談なのでお許し願いたい。
 ふと、眼を細めてお天道様を見上げてみれば、まだまだ中天にあってサンサンと耀いているのである。
 どうやら、散歩の時間にはまだほど遠いようであった。
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