拝啓、お姉さまへ

一華

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第四章 6月

お姉さま、予想外です! 10

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「え?」
柚鈴は予想外の言葉に声を上げた。
見ると絵里や凛子先輩も、驚いたような顔をしている。

幸が男の人が苦手なんて話、今まで聞いたこともなかったのだ。
幸は申し訳なさそうに周りを見てから、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。急にこんなこと言い出して」
「いや、そんなこと良いんだけど」
柚鈴が思わず幸に近づいて聞くと、幸は泣き出しそうな目になって柚鈴を見た。

「黙ってて、ごめんね。昔よりは随分ましになったし、なんとか克服したいなあと思ってるの。常葉学園は女子校だし、寮も近いし、ほとんど気になることはなくて。新しい環境でいつの間にか大丈夫になってないかな、なんて思ってたんだけど…」
そこで幸は一度言葉を切った。
その状況を想像でもしているのだろうか。
みるみる青くなり、ぷるぷると震えだした。

「いきなり男子校との企画するとか、そういうのはちょっと。沢山男性がいるとか、そんなのもう考えただけで、絶対無理…」
「そ、そんなに苦手なの?」
「…うん。本当に昔よりは全然ましなんだけど」
幸は両手を握りして、何かに耐えるようだった。
凛子先輩は困ったような顔で、様子を伺う。

「苦手って…どの程度苦手なのか、とか説明できる?」
「えと、そもそも近くにいるのもちょっと…。電車やバスはどうにか我慢できますけど。一度も行ったことのない男性のいる場所はあまり行きたくはないので、付き添いに女性がいるとかなり安心できます」
それは、結構よほどではないだろうか。

しかしその話に、柚鈴はふと思い出すことがあった。
「あれ?前に常葉学園の大学部に行ったとき…」
あれは遥先輩と薫をつけていった時、だから凛子先輩に内緒だったことを思い出して、一瞬口ごもる。そしてばれないように言葉に気をつけて聞いた。
「あの時、一人でも行こうとしてなかった?」
「あの時は最初はどこまで行くか分からなかったし、一大事だったし…そもそも、きっと柚鈴ちゃん来てくれると思ってたし…」
「あ、そう…」

私が来ると思ってのか…!
心の中で盛大に突っこみつつ。先輩方の、特にこの件を知られたくない凛子先輩の手前我慢をする。
勿論怒ったりはしない。
結局、一緒に行ったわけだし、これは幸の考え通りだったので、ちょっと悔しい気がしたのだ。

「いつから男性が苦手なのか聞いてもいいかしら?」
凛子先輩が尋ねると、幸は少し考えるように目を伏せた。

「ええと…元々、男の子は意地悪で苦手ではあったんですけど。その、小さい頃、縁日でおじさんにさらわれかけまして」
「え」
「あ、未遂です!未遂!!従姉が助けてくれまして。まだ従姉も中学生だったんですけど、とにかく腕っぷしが強くて、多少連れまわされた程度で済みました!!!」
「…」
連れまわされた。というのが未遂と言っていいのかどうか。
そこの判断は個々に差があるだろうが、少なくとも幸が男の人が苦手になる要因であるのだから、罪は深いと思う。

凛子先輩も押し黙るように沈黙し、柚鈴も言葉が出ない。
幸は少し困ったように笑ってから、柚鈴の手を取った。

大丈夫だと、と言われているようで困る。

「ひとまず、皆さん。お茶でも飲んで落ち着いたらどう?」
楢崎先輩は何食わぬ顔で、絵里が入れてくれた紅茶を、一人先に口をつけて声をかけた。
幸はニコリと笑って、紅茶のカップの前まで歩き、立ったまま、一口飲んだ。

「美味しい」
いつも通りの笑顔。凛子先輩もカップを手に取り、飲んだ。
なんとなく流れに乗るように、柚鈴も紅茶を手に取った。
紅茶は確かに美味しかった。優しい味がした。
それぞれが紅茶を飲んで、少し落ち着いた雰囲気になる。

すると。
「私に提案がありますが、皆様聞いてくださる?」
にこり、と楢崎先輩が微笑んで話を切り出した。
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