拝啓、お姉さまへ

一華

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第四章 6月

体育祭のあくる日は 3

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柚鈴が少々むず痒いような気持になっていると、遥先輩はにっこり笑ってから、話を切り替えた。

「そういえば。薫さんとは昨日会った?ひとみに負けてしまってショックを受けていなかったかしら?」
少し心配した様子を見せての質問に、柚鈴は思い出すように考え込んだ。
「薫だったら…」
昨日はどうだっただろう。柚鈴もいっぱいいっぱいであまり記憶はなかった。
今日は朝から自主練で走りに行っていたようだが…
そう思い出していた所で、部屋の扉がノックされ、次の瞬間には勢いよく開いた。
「おはようございます!失礼します!お邪魔します!!」
「薫」
噂をすればなんとやら。
高村薫である。
どうやらシャワーを浴びてきたらしく、髪が半渇きだ。朝から走ってきて流れた汗でもすっきりさせてきたのか。
あまりの勢いの良さに、一瞬驚きの表情を見せた遥先輩はすぐに正気を取り戻して、キリリと寮長としての厳しい顔を見せた。
「薫さん!誰か、入っていいと言ったかしら?」
「遥先輩!私に小牧先輩と再戦させてくださいっ」
遥先輩の怒りなどまるで気にしていないように、薫は勢いをつけて遥先輩に詰め寄った。
もちろんその勢いに負けてしまうような遥先輩ではない、途端に愛らしい顔を険しくして見せた。
「はぁぁあ?」
「あのまま勝負に負けたままでは終われません。お願いします!なんとかしてください」
…よほど悔しかったのだろう。
いつもどこか自信のある表情を見せることの多い薫が、中々必死だ。
遥先輩は、小うるさいものを離すように、距離の近い薫を手で払った。
「再戦なんてするまでもないわよ。次やれば、薫さんが間違いなく勝つでしょう」
「そうなんですか?」
どこか確信している様子に、柚鈴の方が疑問を持って訪ねた。
遥先輩は当然でしょう、と頷いた。

「薫さんは昨日一日、体育祭の競技に出ずっぱりのあげく、陸上部の前田さんに借り物競争では随分追いかけられていたじゃない。あんな消耗した状態で勝ったとしても、それはあくまでも体育祭上の勝ちでしょう。大差をつけて勝ったわけでもないし、まともにやれば薫さんの勝ちに決まっているわ」
「なるほど。そういえば薫、昨日は前田先輩から逃げ切ったの?」
「それはもちろん」
薫は柚鈴にニッと笑ってから、改めて遥先輩に向かいあった。
「しかしですね、遥先輩。最後の最後に抜かれた時の走りを考えれば、前半小牧先輩はやる気を出してなかったとしか思えません!最初から最後まで全力で走ればどうですか?」
「最初から最後まで全力ぅ…?」
何が気に障ったのだろう。
遥先輩はなんとも苛立ったような気配を一瞬見せてから、はあっと大きくため息をついた。
「その勝負、ひとみに何のメリットがあるのよ」
「へ」
「その再戦、したとして喜ぶのは薫さんだけでしょう。ひとみは勝負なんて興味ないもの」
遥先輩の言葉はなかなか核心をついたのだろう。
薫は一瞬怯んでみせてから、勢いでごまかすように口を開いた。

「だ、だから遥先輩に頼んでいるんじゃないですか!」
「あらそう。今、頼んでいたの?で、その勝負をひとみにさせることで、私に何のメリットがあるのよ」
「……」

今度こそ薫は口を閉ざした。
確かにその勝負を遥先輩に頼むとして、なんのメリットもない。
と、いうか。
昨日、ひとみ先輩と話してみて、あの人をやる気にさせるというのは非常に面倒そうである。
助言者メンターである遥先輩ならもしかして容易いのかもしれないが。
何にせよ、遥先輩はこの話は終了とばかりに、ツンとあごを逸らした。

「頼みごとをするなら見返りを持っていらっしゃい。そうでなければ、とびきり愛らしくおねだりすることね」
「そ、そんな無茶な」
「少なくとも人の部屋の扉を返事も待たずに入ってくる後輩のいうことを聞いてやる義理はなくてよ」
「そ、そんな後生です」
「知りませんっ。気にしていた私がバカだったわ。」

遥先輩なりに後輩を心配していた分、気分を損ねてしまったのだろう。
いや、しかし。だからといって、薫が愛らしくおねだり、というのは中々難しそうだ。
少し想像してみて、柚鈴はクスリと笑ってしまった。

清葉寮は中々平和である。
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