拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

思い出は輝いて 6

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『この春に、彼女は私の妹になりました。私の家族構成につきましては。文芸部の雑誌にも取り上げて頂いたことがございますので、妹になったとお話しすれば、その意味が分かる方も多いのではないかと思います』

爆弾発言、ではあるのだろう。
グラウンドは戸惑いを表現するかのように、急にしんと静まり返っていた。
でも志奈さんは何もに気にならない様子だ。そのままの調子で話を進めていく。

『妹が出来ると分かった時、私は真っ先に、常葉学園の助言者制度のことが頭に浮かびました。この高等部では、以前は姉妹制度、そして現在は助言者制度という、先輩後輩の間に存在する一対一のペアの関係があります。既にペアをお持ちの方は、もうその相手との間に強い絆を感じている方も多いのではないでしょうか?私は高等部生徒会長として、たくさんのペアの絆を感じてきました。とてもとても素敵で、ずっと羨ましかった』

「……」
羨ましかった。
以前にも志奈さん自身から聞いたことのある言葉だ。
本当にどこまでも本心なのだろう。
その響きは、妙に胸に響いた。

『この高等部において生徒会長として、沢山の絆を見てきたことは私にとって誇りです。だから妹が出来ると聞いたとき、不安は一切なく、とても嬉しかった』

志奈さんは、自分の胸に手を重ねて、ほほ笑んでいた。
芝居がかって見えそうな仕草であるが、白けた気持ちにはならなかった。
こころなし、グラウンドの静けさもどこか和らいでいくような気がする。
志奈さんの柔らかな様子に、そんな気持ちになってしまうのだろう。


『私は知っています。相手と向き合い、しっかりと心を通わせることが出来れば、深い結びつきが生まれるだけではなく、そこから明日が、未来が育まれることを。それを教えてくれたのは、この常葉学園高等部で出会ってきた、沢山のペアたちです』

話は、柚鈴のことから、常葉学園の助言者メンター制度を中心とした内容が盛り込まれている。
プライベートな話から、元生徒会長として相応しい内容。
上手に話をまとめ上げていく志奈さんの会話の流れは見事で、それをごく自然に行っている。

真美子さんの言葉を借りれば、それも全て志奈さんが思っていること、ということなのだろう。
最初のように、なんだか恐ろしいと思うこともなく、柚鈴は自然に受け止めていた。
志奈さんらしい、と言えば志奈さんらしい気がする。

そして、この人はこんな風に生徒会長でいたんだ、と見れたような気がした。
昨年までの様子を見ることは出来ないけれど、きっとそうなんだろう。

志奈さんは、言葉を続ける。

『私の思い出は輝いています。その思い出があるからこそ、私ははっきりと言います。彼女は私にとって、とても大切な妹です』
再び、自分の話が出て、柚鈴は少し頬を赤らめた。
公衆の面前で、こう何度も語られるのだ。
多少は仕方ないと思ってほしかった。

『皆様も、輝ける思い出作りをされてください。それは勿論、ペアを作ることだけではありません。学園生活を楽しみ、周りの支えられながら助け、助けられ、情熱を注ぐことが大切なのだと思います。そうすれば私のようにペアがいなかった生徒でも、結びつきは生まれ、明日が育まれるのだと思います』

志奈さんは、にっこり笑って締めの言葉を口にした。

『今日の体育祭の主役は、あなたたち一人ひとりです。忘れ物のないよう、最後の一瞬まで、今日の主役を忘れないでください。ご活躍を見守らせて頂きます』

にっこりと笑ったから、最後に深々とお礼をする。
するとグラウンドかは当然のように、沸き上がるような大きな拍手が鳴り響いた。
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