拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、体育祭の昼食です! 4 ~相原花蓮~

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「花蓮」
急に近くで名前を呼ばれて、ハッとして顔を上げると、思いのほか近くに紫乃舞が立っていた。
避ける間もなく、頭を撫でられる。
何をするのかと、目を剥きそうになるが、恐らくこれはの出来に対してのご褒美なのだろう。

「美味しかったよ」
いつもは中々見せない、穏やかな笑顔に思わず息を飲んだ。
普段は揶揄ってばかりの癖に、ごくまれにこの笑顔で花蓮を褒める。
呆れることばかりする紫乃舞のことは本当にどうかと思うが、この一瞬に帳消しになる気がする。

帳消し、どころか。
思わず目線を逸らして、そっぽを向いた。
「今日は大学はどうされたんですの?」
「…」
憎まれ口を叩いてやろうと言葉に出すと、返事が返ってこない。
しばらく待って、何も言わない相手に痺れを切らして目線を寄越すと、予想外に岬紫乃舞は、じぃっと花蓮を覗き込んでいる。

「なんです?」
「いや、別に」
微かに笑って、質問には答えず花蓮から距離を取るように歩き出す。
それが何か言いたそうだったように見え、花蓮は思わず後を一歩追った。

「なんですの?はっきりおっしゃって」
「ふん?」

どこか気のない返事で振り返った紫乃舞の表情は読めない。
何故かつまらなそうにも見えてしまう。
そう、思った次の瞬間には、いつも通り揶揄うように笑った。

「花蓮、私はあんたが一番可愛いと思っているよ」
「はぁ!?」
予想外の言葉に、普段なら絶対出ないみっともない声が出てしまう。
恐らく表情も愛らしさとは程遠いものになっているだろう。
その花蓮の様子に、楽しそうに紫乃舞はにっこり笑った。

「特にそういう、たまに見せる雑な顔が良い」

意味が分からず目を見開いていると、周りの生徒に愛想を適当に振りまきながら、立ち去っていく。
その手には、先ほどまではどこに置いていたのか、やたら大きな風呂敷に包んだ荷物を持っている。

…お弁当、かしら?
その形状からある程度の段の重ねられたお弁当に違いなさそうだ。
一体どこで、誰と食べると言いますの。

なんとなくムッとした気持ちを抱きつつ、何故か沸き上がる拗ねたような気持ちに気付いて、頭を振った。

私だって、紫乃舞様でなくてあの方に食べて頂きたかったです。

そうして、何度も心に思い浮かべた優しい声を思い描く。
『花蓮さん』
いつだってちゃんと思い描ける。
ほら、紫乃舞様じゃないんですから。紫乃舞様でなくたって大丈夫なんですから。
そんな気持ちも、どこか言い訳めいている。

昨年の体育祭で、借り物競走の競技中に立ち尽くした花蓮の前に、歩みよって来たのは、昨年の生徒会長である小鳥遊志奈様だった。
勿論競技中に、生徒会長とはいえ体育祭実行委員でもない生徒が入って来ていい場所ではない。だが、それだけ花蓮が立ち尽くして時間が立ってしまっていたのだろう。

全校生徒の憧れとも言われる人を見て、思わず縋るような気持ちが芽生えたのだと思う。

『大丈夫よ、花蓮さん』
花蓮の表情に、落ち着かせるように掛けられた言葉と肩に置かれた言葉に。
消化できなかった現実を受け入れていく。

どうして岬紫乃舞がいないか分からないが、きっとこの勝負には負けたのだ。
しかしこれは負けと言っても恥じることはない。相手が姿を消したと言うならむしろではないか。
そう、私は負けたのではない。
岬紫乃舞が逃げただけ。

その言葉も、紫乃舞を慕っている花蓮には受け入れがたいことだったが、体育祭の競技中にこれ以上ぐずぐずしてはいけない気がした。
『志奈さま、私と一緒に走って下さい』
『え?』
『お願いします』

様々な思いを吹っ切るように深く頭を下げる。
『それは、良いけど…』
こちらの気持ちを気遣うように、しかし確かな了承を聞くと、花蓮は意見を翻さないうちにとその手を掴んだ。

これは体育祭の競技である。
だから、せめて点は取りに行こう。
人気の生徒会長の手を取り、ゴールに向かったことで会場は大きく湧いた。
その声が花蓮の気持ちを向上させる。

もう、いい。もういいです。
私の憧れの人は生徒会長である小鳥遊志奈さま。
それでいい。

もう、紫乃舞さまのことは追いかけないんですから。

生徒会長であれば、助言者メンターにはなれない。
ただ、憧れてるだけでいい。
もう頑張らなくていい。

それでいい。
それがいい。

そうして深く沈めてしまった想いと、蓋の役割にした想いと。
絡めて呑み込んで、出来上がった今の私。

それを今更崩す気にもなれなかった。
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