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第三章 5月‐結
お姉さま、体育祭への準備です 2 ~薫~
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「行かなかったものは今更仕方ないわね。あなたたち、ペアじゃないものね」
「まあ、そうですね」
随分としみじみと言う有沢部長ににっこり笑って返事をした。
そう。部長には申し訳ないが、薫と前田先輩はペアではない。言うことを聞かなければならない筋合いはないのだ。
しかし思い出してみれば、前田先輩がやたら熱心に誘っていた気がする。
あれは是が非でも行かせようということだったのだろうか。正直、前田先輩がうるさいのはいつものことなので、話し半分に聞いていた。
ペア作り要素もあるお茶会ということなら、尚更薫には興味がないのだが、薫をペアにしようと思っている前田先輩なら、尚更熱心にもなっていたのだろう。
とすれば、やっぱり行かなくて正解。参加した前田先輩は後からうるさく怒りそうだが、この際仕方ないだろう。
色んな事情があるらしい学園内の関係性を気にする部長には悪いが、薫はあっさり思った。
部長からすれば、そんな態度が却って不安を誘うらしい。
「薫さんには、早めに助言者を持ってほしいのだけど」
つまり手綱を握る人間が欲しいということなのか。
有沢部長は苦笑してからそんなことを言い出してから、にっこり笑って付け足す4。
「出来れば光希が相手だと、より嬉しいわ」
「嫌ですよ。助言者制度って面倒そうじゃないですか。私には合わないんじゃないかと思います」
「楓さんの個人指導は気にしているくせに?」
あらあらと少しわざとらしく驚いてみせてから、有沢部長が小さく笑みを浮かべた。
薫を、強制的に前田光希のメンティにさせることは止めたようだが、諦めたわけではないらしい。
有沢部長は、陸上部の優秀なOGである緋村楓さんのことを薫が一目置いているのを気付いているのだ。
そしてその人は、目の前の有沢部長の助言者でもある。
有沢部長のメンティである前田先輩が、その熱烈な指導を定期的に受けていることは、薫にとっては羨ましい限りであるのは事実。
緋村楓さんはOGとして常葉学園に顔を見せてはいるものの、大まかなアドバイスや気合を入れるということでしか陸上部全体には関わらない。細やかな指導をする相手はあくまでも自分の家系にある部長と前田先輩のみだ。
だから家系に入れば、個人指導を受けるチャンスもある、とにおわせる言葉に、心が惹かれないわけでもなかった。
「いや、でも。ないですよ」
「光希のメンティ、良いじゃない。あの子、可愛いでしょう?」
有沢部長の発言に、薫の顔は引きつった。
急に何を言い出すんだと、まじまじと見つめ返してしまう。
「可愛くはないですよ」
心の底からそう思って言葉を返すが、有沢部長の心には届かない。
「え?可愛いわよ」
「いや、それは部長の立場だから思えることじゃないですか?」
「そう…。まだ、わからないのね」
悟ったように言い出した有沢部長の目は本気だ。
「一生懸命で頑張ってる所、そのうち可愛く思えてくると思うけど」
穏やかに確信して言葉を重ねる有沢部長に、薫は引きつったまま笑顔だけを返した。
この人は本当に、前田光希を可愛いと思っているらしい。
そして、誰であってもその可愛さに気付くと本当に思っているのだ。
私はちっともそうは思えませんよ。
心の中で叫びつつ、声を出してまでは反論する気にもなれなかった。
これは惚気のようなものだ。
正論であろうが進んで参加するほうがバカを見るだろう。
「とりあえずお茶会のことはもういいんで、用を済ませていいですかね?」
可愛げのない後輩の態度で、薫は無理やり話を変えることにした。
体育祭の準備でやることは山のようにある。
やっぱりそこが薫には一番重要なのだった。
「まあ、そうですね」
随分としみじみと言う有沢部長ににっこり笑って返事をした。
そう。部長には申し訳ないが、薫と前田先輩はペアではない。言うことを聞かなければならない筋合いはないのだ。
しかし思い出してみれば、前田先輩がやたら熱心に誘っていた気がする。
あれは是が非でも行かせようということだったのだろうか。正直、前田先輩がうるさいのはいつものことなので、話し半分に聞いていた。
ペア作り要素もあるお茶会ということなら、尚更薫には興味がないのだが、薫をペアにしようと思っている前田先輩なら、尚更熱心にもなっていたのだろう。
とすれば、やっぱり行かなくて正解。参加した前田先輩は後からうるさく怒りそうだが、この際仕方ないだろう。
色んな事情があるらしい学園内の関係性を気にする部長には悪いが、薫はあっさり思った。
部長からすれば、そんな態度が却って不安を誘うらしい。
「薫さんには、早めに助言者を持ってほしいのだけど」
つまり手綱を握る人間が欲しいということなのか。
有沢部長は苦笑してからそんなことを言い出してから、にっこり笑って付け足す4。
「出来れば光希が相手だと、より嬉しいわ」
「嫌ですよ。助言者制度って面倒そうじゃないですか。私には合わないんじゃないかと思います」
「楓さんの個人指導は気にしているくせに?」
あらあらと少しわざとらしく驚いてみせてから、有沢部長が小さく笑みを浮かべた。
薫を、強制的に前田光希のメンティにさせることは止めたようだが、諦めたわけではないらしい。
有沢部長は、陸上部の優秀なOGである緋村楓さんのことを薫が一目置いているのを気付いているのだ。
そしてその人は、目の前の有沢部長の助言者でもある。
有沢部長のメンティである前田先輩が、その熱烈な指導を定期的に受けていることは、薫にとっては羨ましい限りであるのは事実。
緋村楓さんはOGとして常葉学園に顔を見せてはいるものの、大まかなアドバイスや気合を入れるということでしか陸上部全体には関わらない。細やかな指導をする相手はあくまでも自分の家系にある部長と前田先輩のみだ。
だから家系に入れば、個人指導を受けるチャンスもある、とにおわせる言葉に、心が惹かれないわけでもなかった。
「いや、でも。ないですよ」
「光希のメンティ、良いじゃない。あの子、可愛いでしょう?」
有沢部長の発言に、薫の顔は引きつった。
急に何を言い出すんだと、まじまじと見つめ返してしまう。
「可愛くはないですよ」
心の底からそう思って言葉を返すが、有沢部長の心には届かない。
「え?可愛いわよ」
「いや、それは部長の立場だから思えることじゃないですか?」
「そう…。まだ、わからないのね」
悟ったように言い出した有沢部長の目は本気だ。
「一生懸命で頑張ってる所、そのうち可愛く思えてくると思うけど」
穏やかに確信して言葉を重ねる有沢部長に、薫は引きつったまま笑顔だけを返した。
この人は本当に、前田光希を可愛いと思っているらしい。
そして、誰であってもその可愛さに気付くと本当に思っているのだ。
私はちっともそうは思えませんよ。
心の中で叫びつつ、声を出してまでは反論する気にもなれなかった。
これは惚気のようなものだ。
正論であろうが進んで参加するほうがバカを見るだろう。
「とりあえずお茶会のことはもういいんで、用を済ませていいですかね?」
可愛げのない後輩の態度で、薫は無理やり話を変えることにした。
体育祭の準備でやることは山のようにある。
やっぱりそこが薫には一番重要なのだった。
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