拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、デートの時間です 16

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「それは志奈さんが大学があるから仕方ないんでしょう?」
「え?柚鈴ちゃん。もし私が体育祭に見に行けたら、一緒にゴールしてくれた?」
急に目を輝かせて、期待に満ちた眼差しを向けられて。
柚鈴は思わず、しらっとした気持ちで目を細めた。

「それは…何の誘導尋問ですか?」
「ええ?そこは『お姉ちゃんとゴールしたかったです』と可愛く言ってくれる所じゃないの?」
「言うはずないじゃないですか」
「そうかしら?おかしいわね」

志奈さんはすっとぼけた口調で、わざとらしく肩を竦めた。
「迂闊にそんなこと言ったら、志奈さんは躊躇いなく大学をサボりそうですけど」
「あらやだ、柚子ちゃんたら。迂闊でもそんなこと言ってくれないくせに」
にっこりと笑われて。まあ、確かにと柚鈴は答えを濁す。
しかしそれを分かっているのなら、そもそも答えを求めないで欲しいものだ。
会話で遊ばれているらしい。

ようやく志奈さんは食事を再開する気になったらしい。目の前のサンドイッチに向き合った。
ナイフとフォークを手に取って、器用にサンドイッチの向きを変えて、一口分を取る。

サンドイッチをナイフとフォークで食べる、という発想が柚鈴にはなかったのだが、志奈さんは手慣れた様子である。行儀良く美しく、イイトコのお嬢さんに見えた。
実際志奈さんは、柚鈴からするとイイトコのお嬢さんなのだけど。そして、確かにその方が手を汚れないからいいのかもしれない。
柚鈴はそんなに器用に使いこなせないから、結局手づかみするが。

でも、サンドイッチって、確かカードゲーム好きの外国の貴族が、カードゲームをしながら手づかみで食べるために考えたんじゃなかったっけ?
ふと雑学が思い出されて。
本当はどうやって食べるのが正しいんだろう?

そんなどうでも良いことで悩んでいると、志奈さんは一口食べてから、すごく満足そうに微笑んで。それから頷いてからすぐにもう一口分、フォークに差していた。

「柚鈴ちゃん、サンドイッチはいかが?」
こちらにそのフォークをそのまま向けつつ、志奈さんはにっこり笑った。
「え?」
「とっても美味しいわよ。一口どうぞ」
満面の笑みで。さあ、食べて食べてと目が口ほどに物を言っている。
柚鈴は、顔を引きつらせた。

「…いりません」
「ええ?これはお詫びじゃなくて、姉妹の和気あいあいとしたランチのやり取りがしたいだけよ?」
「そんなの尚更、結構です」
「じゃあ、お詫びでもいいわ!」
「一体なんのお詫びになるというんですか。そして、どうしてそこで節操のない言い方になっちゃうんですか…」
柚鈴が呆れたような声を出すと、志奈さんは堂々と胸をはった。
「私は自分の望みに忠実に生きてるだけよ」
「薄々気付いてましたけど、言ってしまいましたか。言わないでくれれば良かったのに」
「じゃあ次からは言わないから、食べて」
「なかなかしぶといですね」

一向に諦めない志奈さんに呆れてしまうが、折れる気はないようだ。
これでは一向に食事が終わらない気がして、柚鈴は渋々と口を開いた。
サンドイッチを口にして咀嚼すると、それを見ていてご満悦な志奈さんの笑顔に。
随分、この人に慣らされてしまったような、苦い感触を抱いてしまう。

「美味しい?」
「さっぱり味が分かりません」
「ええ?もう一口食べてみる?」
「結構です。敗因は、志奈さんの愛情というスパイスのせいだと分かってますから」

きっとサンドイッチは美味しいのだと思う。
だがそれ以上に、志奈さんにはもう少し自重してほしい気持ちがあふれ出るようだ。
そう思って口にした嫌味だったけれど、当然それで懲りる相手ではない。
わざとなのか、意味が分からないと言った様子で、深刻そうに眉を顰めた。
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