拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、茶道部のお誘いを受けました 10

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「その…やっぱり大変でしたか?」
柚鈴は思わず、質問していた。
突っこんで聞かないほうが良いのかもしれない。
失礼な質問かもしれないから答えてくれなくても諦めようと思いつつ、一歩踏み出してしまった。
そんな柚鈴からの急な質問に、凛子先輩は戸惑ったような表情を見せた。

「大変って?」
「一年生だったときの、助言者メンターになられた方のお誘いとか、ペア解除とか」
「ああ…」

凛子先輩は質問の意図を理解したように相槌を打った。それからにっこりと笑う。
「そうね。お誘いは別に大変だったわけではないわ。確かに何人かの先輩から声を掛けられて驚いたけれど…」
思い出すように言葉を紡いでいく表情はまっすぐで曇りはない。

「勉強には自信があったから、入学当時、主席でなかったことには少しショックを受けていたの。だから先輩方の中でも、逆に勉強以外に目を向けたらどうか?って熱心に言ってくれた先輩の言葉が魅力的に思えてきて。周りもそんな雰囲気だった気がして、きっとそれが正解かもしれないっ思えて。そのまま助言者メンターになって頂いて…」
凛子先輩は一度言葉を切って、自嘲するように笑った。

「私がいけなかったのよ。ちゃんと自己管理しなくてはならなかった。その人が悪かったなんて、今は思えない。実際とても楽しい経験ばかりさせてもらって感謝しなければならない相手だった。でも成績が落ちてしまってから、私は目の前が真っ暗になってしまったの」
「…」
「その時は思いつめてしまって…だんだんと助言者メンターである相手が疎ましい気持ちになってしまっていたの。バカよね。それでもどうしてもそのことを助言者メンターの先輩に言い出せなくて。悩んでいたら当時の生徒会の先輩が気付いてくれたの」
それが志奈さんと言うことだろうか。
志奈さんとの関係を打ち明けていない柚鈴は、きっとそうなんだろうと心の中だけで思った。

「私は自分では何の問題も解決できなかった。問題だけを作って抱えてしまったって反省したわ」
「……」
「そしたら言われたのよ。問題が起きた時に、他の人が解決してくれたからって自分を責めなくていいって。周りが解決してくれたのなら、その周りとの関係を築いた自分の手柄だと思っていいって」
「自分の手柄?」
「そもそも自分で周りとの関係を築いていなかったら、救いの手なんてどこからも出ないって」
「え。ま、まぁ。確かに」
「誰かから手を差し伸べられても、気付かない人もいるんだから。助けてもらえたと思う素直な気持ちも大切にすれば良いとも言われたわ」
そう思い出す凛子先輩の表情はどこか嬉しそうに見えた。
その言葉を凛子先輩に言ったのは誰だったのだろう。やはり志奈さんなのか、他の誰かなのか。少し気になる表情だった。
それは志奈さんのような気もしたが、違うような気がする。
そこまで私自身が志奈さんのことを凄いって思ってない、からなぁ…
なので、どこかの誰かがそんなことを言ったのだと思うことにする。

少し複雑な表情を見せた柚鈴のことをどう思ったのか、凛子先輩はクスクスと笑った。

「さて、どうやって柚鈴さんが、お断りするか考えましょうか」
「…そうですね。東郷先輩には申し訳ない気持ちもあるんですけど」
凛子先輩の話を聞いていて、そう思ってしまうこともあり、柚鈴はついそう言ってしまうと、凛子先輩はきっぱりと言った。
「断ると決めているなら、そんなことを考えない方がいいわ。それこそ相手に失礼だと私は思うわ」
思わず目線を上げると、まっすぐ見つめ返してくる。
「申し出をするということは、相手はちゃんと考えてそこに気持ちを持っているのだもの。断る、というだけでも相手からすれば悲しいでしょう。そこに変に迷うのは、相手のためと言うより自分のためよ」
「……すみません」
思わず言葉を詰まらせて、謝罪の言葉を言うと、凛子先輩は肩を竦めて苦笑した。
「当然、経験談なのよ。私のことを聞いてそんなことを考えたのでしょう?厳しく言って、ごめんなさい」
「いえ、その。おっしゃる通りなんだと思います」
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