拝啓、お姉さまへ

一華

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第二章 5月‐序

オトウサンとのお出かけ ★5★

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「志奈の方は、新しい家族が出来るって聞いたら、すぐ受け入れてくれて、それどころか妹が出来るって喜ばれてね。親戚からは結構驚かれたんだよね。普通はもっと動揺するものだから、きっと志奈が我慢してるんだろうって言われたりしたよ」
「それは、志奈さんはなさそうです」
初めての顔合わせの時も嬉々とした表情の志奈さんを思い浮かべると、そんな慎ましやかに耐えていたとも思えず、柚鈴は言った。
だよねえ、とオトウサンがカラッとした笑い方で同意する。
「志奈は我慢は出来る子だけど、今回のことは本当に嬉しそうでね。特に妹が欲しかったみたいで、何よりそこを喜ばれたよ。常葉学園のメンター制度だっけ?自分にも特定の誰かが出来るって本当に嬉しそうだった」
「……」
まさかオトウサンもメンター制度のことを知っていると思わず、柚鈴は一瞬思考を停止させた。
今更なのかもしれないけれど、志奈さんに妹としての歓迎ぶりが親公認だと思うと気恥ずかしくも思える。義理とはいえ、姉妹なのだから良いのかもしれないけれど。
ごまかすような気持ちで、水を差す言葉を探す。

「志奈さんなら、生徒会長でなかったらどんなメンティだって出来た気もするんですけど」
柚鈴が曖昧に笑って言うと、オトウサンはそうかな?と首を傾げた。
「志奈は誰かを選ぶ、というのは苦手だと思うから、柚鈴ちゃんみたいな子が妹になって良かったと思うよ」
「え?」
意味が分からずに聞き返すと、オトウサンは一度柚鈴の方を見て、目線を前に戻した。
「柚鈴ちゃんみたいに、志奈を特別扱いしない子にね」
「あ、いえ。私も志奈さんは、すごい人なんだろうなって思ってます」
「うん、そうだね」
戸惑った柚鈴の言葉に、オトウサンは相槌を打った。
「志奈は親の僕が言うのもなんだけど美人だろう。大概のことはそれなりに出来てしまうし、志奈の母方の祖母に当たる人が行儀作法を厳しく教えたりしたおかげで育ちの良いお嬢さんに育ったと思う」
自慢話と思うにはどこかオトウサンは淡々とした口調だ。
何が言いたいのかよく分からず、柚鈴は首を傾げた。
「おかげでね、どうも志奈は、役割や求められる事柄に応えようとするような所があるんだ。だからかな、志奈本人の資質以上に周りから特別なイメージを持たれやすくてね」
「特別なイメージですか?」
「こう言ってはなんだけど、片親っていうのは特に成長期の子たちにとって、ちょっと特別だろう」
その言葉は、言葉の意味の理解より早く、肌で感じるところがあって沈黙するしかなかった。
片親である、ということは、それだけで周りの子とは違う何かになってしまうのは、自身で知っていたから。
その事実は受け止めるしかないし、その上で色んな選択をして自分を作っていくしかない。

志奈さんはすごい人なんだろう。
美人だし、生徒会長をやっていて、要領もいい。
そこに『お母さんが小さな頃に亡くなってしまった』片親であるという事実が加わる。
柚鈴にとっては『片親』ということは、あまり意味を持たない言葉だった。もちろん周りは思うこともあったようだけど、柚鈴自身が努力をして、他の人の言葉には惑わされないと思い込んで、意地になってそうしてきた。寂しい、とか悲しい、とか悔しいとか、そういうのが全然ないわけじゃなかったけど、自分が負けないことが、お母さんを守ることの一つだと信じていたから、そう出来てきた。
だから、『片親』の言葉に負けたことはないと思うけれど、そう勝ち負けを感じる時点で、確かに『片親である』ということは普通ではないのだ。
良く分かっている。

志奈さんはどうだったのだろう。
今もその事実が志奈さんを困らせてるとは思わなかったが、過去は分からない。
柚鈴が志奈さんを『特別扱いしない』というのはそういうことも含まれているのだろうと思えた。
『片親』なんて、柚鈴には当たり前とも言えるから。
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