拝啓、お姉さまへ

一華

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第一章 4月

お姉さま、事件です ★4★

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その言葉に驚いたのは、前田先輩だけではない。
周りで様子を見ていた他の2年生も駆け寄り、震えている前田先輩を支えるように有沢部長に向き合った。
「有沢部長、ちょっと待ってください。それじゃあ光希が可哀想です」
「可哀想?光希が可哀想だから、1年生の練習や成長を妨げても良いと考えているの?」
「それは...」
激しさはないが、いつも穏やかな有沢部長が真っ直ぐな眼差しで問う言葉にすぐに反論出来る2年生はいなかった。
誰よりも有沢部長が自分自身を責めるような表情を浮かべているし、2年生には勝手に薫の練習を阻止しようとした事実がある。

「光希はそれでなくとも、ここ最近記録が伸び悩んでいたでしょう?」
有沢部長はため息をついて、前田先輩を見つめる。宥めるように、優しいが反論を許さないという口調だ。

「あなたは肩に力が入っているのよ。次の部長にならなくては、頑張らなくては、と思って、逆に本来の力を発揮出来ないでいるように見えるわ。私とのペアを組んでいることが、重荷なんじゃないかとは思っていたの」
「そんな、そんなことは」
青ざめた前田先輩の表情は固まってしまっていて、言い返しきれないように見えた。
確かに薫が以前見せて貰った、前田先輩の記録は昨年度のものより、最近のものが悪くなっていた。
それが有沢部長には、次期部長へのプレッシャーに見えているらしい。
だが、行き詰まった前田先輩が、せめて自分のペアに1年生のエースである薫を置いて、後輩育成に力を入れようとしていたというなら、確かに多少強引すぎる誘いになっていたのも納得出来る。
図らずも、薫は有沢部長にとって、悩みの種でもあった痛い所を突いてしまったらしい。
スランプの原因が、次期部長のプレッシャーなら、その原因をなくしてしまえばいい、と考えてしまったらしいのだ。


「私とのペアの解消を受け入れなさい、光希」
「嫌です!」
弾くように返答した前田先輩の顔は悲壮感が溢れていて、思わず薫は目を逸らした。
普段、強気な態度が当たり前の前田先輩が崩れるのは、見ているのが辛かった。
「嫌、です」
駄々を捏ねるような声に、前田先輩が泣き出したのが分かった。
2年生の先輩方が気を遣って囲むように前田先輩を隠したが、その嗚咽を聞けば状況くらい分かった。

揉め事は苦手なはずなのに、その様子を身じろぎせず見つめて、全く意志を揺らがせることのない有沢部長の背中を見つめて、薫は自分が思ったより性質たちの悪い問題の渦中にいることに気づいた。
それだけ有沢部長にも、前田先輩のスランプは心配事だったということだ。

強制で助言者メンター制度に加わるということでなければ問題ないだろうと思っていたが、それぞれの考えや感情で話が変わって来るのだ。

だが、ここまで有沢部長のペアであることに感情が入っている前田先輩を目にして、部長のメンティーになりたい気持ちはなかった。
一度大きなため息をついて覚悟を固めてから、なんてことないような口調で有沢部長へ、そしてその向こうの2年生達にも聞こえるように声を出した。

「申し訳ないですが、2人がペアを解消しても、私は有沢部長のメンティーにはなりませんよ」
振り返った有沢部長の顔を見ずに、出来るだけ太々しく聞こえるように、呆れた声を出した。
「有沢部長とペアになっても、こんな状況じゃ部活になりませんよ」
「あなたねぇ」
前田先輩を取り囲んでいた2年生の1人が、カチンと来たように声を荒げたので、薫は早口で付け足した。

「練習しないなら、このままこうしていても仕方ないですね。私は帰ります。お疲れ様でした」
そう言ってすぐさま背中を向けた。
その場の人間には、随分飄々ひょうひょうとした態度に見えただろうが、冗談じゃない。
こっちは裸足で逃げ出すくらいの気持ちだ。
慌ただしく部室の中にあった着替えをスポーツバックに入れた。寮は近いから、いつも制服に着替えることはない。
問題の解決にもなにもなっていないが、薫は寮に帰ることにした。
ひとまず、寮で汗を流してから頭を冷やそう。
自分の行動が正解とも思わなかったが、この場の空気に巻き込まれる気にもなれず、薫は逃げ出したのだ。
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