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第一章 4月
お姉さま、事件です ★2★
しおりを挟む「その話が、新体操部までいってるって言うの?」
遥先輩が驚いたように聞くと、花奏は頷いた。凛子先輩は、額に手を置いてため息をついている。
「結局、今日は薫がやってられないって帰ってしまったんで、お開きになったみたいなんですけど」
「あら、まぁ」
呆れたのか、感心したのか。
遥先輩が思わず、と言ったように声に出した。
確かにそこは流石、薫だ。
激昂する先輩と、自分がペアを解消して薫をメンティにすると言う陸上部部長とで、騒然とした状態から、さっさと1人帰ってしまうのだ。
中々の根性では出来ない。
「ということは、薫さんはもう帰って来ているのね」
「多分」
その姿を見ていない花奏は自信なさそうに頷いた。
遥先輩は、そうと相槌を打ってから凛子先輩を振り返った。
「どうする?凛子」
「そうね」
思慮深けに目を伏せてから、凛子先輩は顔を上げた。その表情はどこか冷静を装っていて、なにを考えているかは見えにくい。
「薫さんに相談する気があるか分からないのに、出来ることなんてあるかしら」
「あら、冷たい」
凛子先輩の答えに、遥先輩は不満げにツインテールを揺らした。
「私はうちの花奏が相談してきたんだもの。寮長としても、トラブルには口を挟ませていただくわ」
きっぱりと言い切る遥先輩に、凛子先輩は落ち着いて言い返す。
「口を挟む方が感情が強すぎては、上手くまとまらないこともでてくるでしょう」
「あら、私の感情が強いみたいな言い方ね」
「遥はまっすぐすぎるのよ。いつでもね。それにあなたと運動部じゃ相性が悪いでしょう」
「だから話をまとめることが出来ないというの?」
「そんな意味では言っていないわ」
ゆったりとした口調で淡々とした対応で返す凛子先輩に、遥先輩は明らかにムッとしたような顔をした。
ちょ、ちょっと。これどうしたら良いの?
なんとも言えず険悪な雰囲気が立ち込め、どうすればいいか分からない一年生は三人でアワアワして目線を泳がせてしまう。
その時。
悪い空気を止めるように、ドアの方からコンコンと高い音がした。
「あの、すみませんが」
ハッとしてそちらを見ると。
いつの間に来たのだろうか。開いた扉に体重を預けるようにして、苦笑した薫が立っていた。
「私のことで色々申し訳ないんですが、ちゃんと自首してきたんで、とりあえず矛を収めていただけませんか?」
薫は肩を竦めてみせる。
「別に喧嘩なんかしてないわよ」
遥先輩は、ふと我に返ったように周りを見渡してから、ツンと顎を逸らしてツインテールを揺らした。
それから一度ため息をついて力を抜いてから、花奏を見る。
「とりあえず、あなたはお帰りなさい」
「えええ!?」
花奏が不満そうに声を掛けると、遥先輩は再度、ツンとそっぽを向いた。
「寮に部外者がいて良い時間でもないわ。夜道も危険になるでしょう。タクシー呼んであげるから、早く帰りなさい」
その言葉に花奏は慌てたように首を振る。
「良いですよ、タクシーなんて!分かりました!帰ります」
最後は拗ねたように言うと、遥先輩は眉を顰めた。
「良いわけないでしょう。あなた、何時だと思ってるの」
遥先輩の声が低くなると、さすがに花奏も怯んだ。
その可愛らしい姿に似合わず、迫力があるのだ。
しかも今は少々気が立っている。
「お、親に電話します。すぐ迎えに来てもらいます」
「本当でしょうね?」
「本当です!」
「よろしい。では、お帰りなさい」
頷いて許可を得ると、花奏はがっくりとうな垂れた。
本当は薫を気にして、わざわざ寮まで来たのだから帰りたくないのだろう。
気の毒にもなるが、確かに時間も遅いのでこればかりはどうしようもない。
花奏ちゃん、気を付けて帰ってね。
せめて心の中でそう祈って見送るしかない。
「皆様、ごきげよう」
花奏は全員に挨拶をすると、扉の前まで進んで、薫を見上げた。
その表情に何を感じたのか薫はふっと笑って見せた。
「心配掛けて、悪いね」
とポンッと花奏の肩を叩いた。
「べーつに」
少し照れたような顔をしてから、花奏はわざとらしくツンとした態度を見せた。
それからにっこり笑って。
失礼しますと花奏が帰っていくと、薫が中に入って来て肩を竦めた。
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