拝啓、お姉さまへ

一華

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第四章 6月

お姉さま、心から大切にしたいものって、何ですか? 7

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本当に、そうしてしまうおうか。
噂の真相は当人なら分かるはずだ。

だがそんな思い切った考えと同時に、柚鈴の悪い癖だろか。
今、考えられる、聞いてしまったとして起こり得る悪い事態の思いつく限りを巡らせていた。
自分でも気づかない程、無意識に。
臆病なのだ、当たり前の平和を疑っている。今は特に神経質になっている気もした。

そして時間もかからず、一つの考えが浮かんで、ハッとした。

もし、だ。
もし噂の真相が、、ということだとしたら、どうなるだろう。

志奈さんは以前、凛子先輩が志奈さんに貸しがあると言っていた。
だから柚鈴が生徒会に入りたいと望むなら、面倒なことは全部凛子先輩がやってくれると。

貸し、というのは、柚鈴の分かる範囲では、凛子先輩がペアだった卒業生との間にこじれてしまった関係を、志奈さんがペア解消ということで解決した件ではないかと思う。
もちろん他にもあるのかもしれないが、知らないことは分からないので仕方ない。
とにかく、貸しがあるということは本当なのだろう。

とにかく、だ。頼りがいのある生徒会長に対して、凛子先輩は貸しどころか、憧れのような感情を抱いてしまったうことだってあるだろう。
それが噂になってしまったとしたら。

志奈さんの方は、凛子先輩の感情に気付かず、自分に尽くしてくれるのは(実際尽くしてくれていたかどうかは、知らないけど)貸しがあるからだと勘違いしているとなる。

あくまで仮設であるが。
そうだとすれば、柚鈴が志奈さんに聞くことにより、起こる事態。
噂の存在が志奈さんの耳に入り、凛子先輩が気まずい思いをしたりしないだろうか。

…そんな考えを思いついてしまった。

答えは志奈さんが全部握っている。
しかし答えを知ることだけが重要ではない。
そこから導き出される結果も重要なのだ。

だから、志奈さんの持つ答えを。
聞いていいのかどうか、判断がつかなくなってしまった。

そして、本当はどうしたいのかと言う素直な気持ちも。
一緒に分からなくなってしまった。

本当は、聞いてみたかったような気もするのに。
それがどんなものなのか、まとまらない。


『なあに?柚鈴ちゃん、黙り込んじゃって。言わなければ分からないわ』

焦れたような志奈さんの言葉に、何か話さないとと柚鈴は言葉を選んだ。
全ては仮説だ。
しかしどこかに何か真実が含まれているかもしれない。
その真実は、柚鈴を更に追い込むかもしれないし、誰かを傷つけるかもしれない。
それはとても怖いことだった。

だから。
今は何も言えない。

『柚鈴ちゃん?』
「志奈さん、私」

考えすぎた柚鈴は逃げ場を求めた。
そう、この場を乗り切る逃げ道。
もやもやして動けなくなりそうな状況を、話を切り替える必要がある。

つまり父の日をどうするか、の答え、だ。
オトウサンのにこやかな笑顔が脳裏をよぎって。
その瞬間思いついた答えに、一筋の光を見たような感覚に襲われ、もはや推敲すいこうなど考えもせずに口に出てしまった。

「家には帰ります。でも志奈さん、父の日はやっぱりオトウサンと買い物に行こうかと思うんです。あのせっかくだから二人で」
『……っ』
珍しく絶句した志奈さんに、ようやく柚鈴ははっとした。
我ながら名案というよりも迷案。

オトウサンと二人…
私、何を言ってるんだろう。

冷や汗のようなものを感じる。
いっそ全てが夢であってくれればいいと非現実的に思いつつ、新たに途方に暮れた気持ちの訪れを柚鈴は感じずにいられなかった。
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