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53 蔡怜の想い
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その一言を告げて、皇帝は部屋を去った。
翌日、後宮に入ってほとんど初めて蔡怜はゆっくり一人で過ごした。
後宮に入ることが決まった時、父の強欲さと母の愚かさを蔡怜は嘆いた。しかし一方で、あの両親と共に暮らす必要がなくなるということに一種の安堵感にも似た感情を覚えたのも確かだ。
後宮で目立たずひっそり気ままに生きていこうと思ったにも関わらず与えられた位は皇后。そして、後宮の噂を払拭するために蔡怜に助力を願った皇帝の瞳は澄んでいた。
それは、領民達が蔡怜に向ける眼差しと同じだった。
ーこの人なら信頼できるー
それに気づいた時、蔡怜は蔡家の領民の想いも皇帝の信頼も自分には裏切れないと気づいたのだ。
「蔡怜様、失礼いたします」
朝餉のあと、蔡怜に気を遣って部屋を出ていた奏輝が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「あら、奏輝どうしたの」
いきなり現実に引き戻された蔡怜は、驚きながらも奏輝に尋ねた。
「それが」
言いにくそうに口籠る奏輝に、蔡怜は優しく語りかけた。
「大丈夫よ。何かあったのかしら」
「申し訳ございません。本日、全ての側妃様方に改めて薬膳茶会のご招待をさせて頂いたのですが…楊充儀様のみその場でご欠席の回答を賜りまして」
ちらりと伺うように奏輝は蔡怜を見る。その視線に気づいた蔡怜は、鷹揚にうなづき、奏輝に尋ねた。
「欠席される理由は何かしら」
「はっきりとはおっしゃらなかったもので」
「私が下位の貴族にもかかわらず皇后と言うのが気に入らないのかしら」
望んだ地位ではないとはいえ、皇帝から賜った地位を蔑ろにする訳にもいかず蔡怜は頭を抱えた。
ところが、奏輝の考えは蔡怜と全く異なっていた。
「いえ、おそらくそうではありません。」
「理由はおっしゃらなかったのよね?」
「はい。ですから私見でございますがよろしいでしょうか」
「ええ。お願い」
「楊充儀様は、陛下の義妹にあたられる方なのはご存知ですよね」
「ええ。陛下の異母姉君が楊家に嫁がれて、充儀様はその妹君だと」
「はい。その通りです」
「低い出自の姉上を嫌って自国の奴隷貴族に嫁がせたと噂で聞いたけれども、信じられないわ。陛下はそのようなことをなさるようには思えなくて。」
「ええ。おそらくそれは陛下の人となりを知らぬ者達が申しているのでしょう。陛下は姉姫様をとても大切にされていましたので」
「それで、奏輝の考えは?」
「二つあると思います。まず、皇后様及び他の側妃様方を立てるためです。今回後宮入りをなされたとはいえ、楊家は奴隷貴族でございます。お妃様方が一堂に会する場所にご自身の身分が見合わないと思われたのではないかと。」
「なるほど。それと?」
「蔡怜様とお二人で話したいことがあるのではないか、と。」
「どう言うことかしら」
「基本的に、身分の低い者から高い者へはお声がけができません。それと同様、二人きりで会いたくても、身分が低い者は声がかかるのを待つしかないのです。もちろん黄昭様のように実家の家格が高ければ、あまり気になさらない方もいらっしゃいますが…」
「なるほど。断れば私から呼び出されると思われたのね」
「そう言うことかと。ですが捉えようによっては、こちらにとっても悪い話ではありません。ご欠席の理由を尋ねると言う名目で薬膳茶会を待たずに充儀様にお会いできる口実ができました。」
「分かったわ。調整頼めるかしら」
「もちろんでございます」
そう言って奏輝は入ってきた時と異なり颯爽と部屋を出ていった。
翌日、後宮に入ってほとんど初めて蔡怜はゆっくり一人で過ごした。
後宮に入ることが決まった時、父の強欲さと母の愚かさを蔡怜は嘆いた。しかし一方で、あの両親と共に暮らす必要がなくなるということに一種の安堵感にも似た感情を覚えたのも確かだ。
後宮で目立たずひっそり気ままに生きていこうと思ったにも関わらず与えられた位は皇后。そして、後宮の噂を払拭するために蔡怜に助力を願った皇帝の瞳は澄んでいた。
それは、領民達が蔡怜に向ける眼差しと同じだった。
ーこの人なら信頼できるー
それに気づいた時、蔡怜は蔡家の領民の想いも皇帝の信頼も自分には裏切れないと気づいたのだ。
「蔡怜様、失礼いたします」
朝餉のあと、蔡怜に気を遣って部屋を出ていた奏輝が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「あら、奏輝どうしたの」
いきなり現実に引き戻された蔡怜は、驚きながらも奏輝に尋ねた。
「それが」
言いにくそうに口籠る奏輝に、蔡怜は優しく語りかけた。
「大丈夫よ。何かあったのかしら」
「申し訳ございません。本日、全ての側妃様方に改めて薬膳茶会のご招待をさせて頂いたのですが…楊充儀様のみその場でご欠席の回答を賜りまして」
ちらりと伺うように奏輝は蔡怜を見る。その視線に気づいた蔡怜は、鷹揚にうなづき、奏輝に尋ねた。
「欠席される理由は何かしら」
「はっきりとはおっしゃらなかったもので」
「私が下位の貴族にもかかわらず皇后と言うのが気に入らないのかしら」
望んだ地位ではないとはいえ、皇帝から賜った地位を蔑ろにする訳にもいかず蔡怜は頭を抱えた。
ところが、奏輝の考えは蔡怜と全く異なっていた。
「いえ、おそらくそうではありません。」
「理由はおっしゃらなかったのよね?」
「はい。ですから私見でございますがよろしいでしょうか」
「ええ。お願い」
「楊充儀様は、陛下の義妹にあたられる方なのはご存知ですよね」
「ええ。陛下の異母姉君が楊家に嫁がれて、充儀様はその妹君だと」
「はい。その通りです」
「低い出自の姉上を嫌って自国の奴隷貴族に嫁がせたと噂で聞いたけれども、信じられないわ。陛下はそのようなことをなさるようには思えなくて。」
「ええ。おそらくそれは陛下の人となりを知らぬ者達が申しているのでしょう。陛下は姉姫様をとても大切にされていましたので」
「それで、奏輝の考えは?」
「二つあると思います。まず、皇后様及び他の側妃様方を立てるためです。今回後宮入りをなされたとはいえ、楊家は奴隷貴族でございます。お妃様方が一堂に会する場所にご自身の身分が見合わないと思われたのではないかと。」
「なるほど。それと?」
「蔡怜様とお二人で話したいことがあるのではないか、と。」
「どう言うことかしら」
「基本的に、身分の低い者から高い者へはお声がけができません。それと同様、二人きりで会いたくても、身分が低い者は声がかかるのを待つしかないのです。もちろん黄昭様のように実家の家格が高ければ、あまり気になさらない方もいらっしゃいますが…」
「なるほど。断れば私から呼び出されると思われたのね」
「そう言うことかと。ですが捉えようによっては、こちらにとっても悪い話ではありません。ご欠席の理由を尋ねると言う名目で薬膳茶会を待たずに充儀様にお会いできる口実ができました。」
「分かったわ。調整頼めるかしら」
「もちろんでございます」
そう言って奏輝は入ってきた時と異なり颯爽と部屋を出ていった。
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