君の記憶が消えゆく前に

じじ

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「僕も限界だったんだ」

勝手なことを言っている自覚はある。誰よりも一番傷つき疲れているのは彼女だろう。でも僕は?最愛の人に一日に何度も忘れられるという苦痛を受ける僕の悲しみは誰が拾ってくれるのだろう。

「隠し通せるものなら隠し通したかった。でも、6時間忘れられている今でも限界なんだ。もうこれ以上君の思い出していない時間だけ都合よく家を開けるなんてできない。」
「どうするの?いえ、どうしたいの。私が死ぬまでの期間別居する?」
「…」
「それとも、まだ一緒に暮らす?私があなたを見てパニックになる日々に耐えられる?私から一度逃げたあなたが。」

冷たい言葉が胸に突き刺さる。

「君が、一番平穏に暮らせるようにしたい。そのためならなんだってする」
「なによ、それ。結局私に丸投げじゃない!」
「そうじゃない。毎回、怖い思いをしても僕と一緒の方がいいのかどうか分からないんだ!」
「怖い思い?」
「だって忘れている時の君にとって僕は得体の知れない男だ。そんなのが家にいるなんで恐ろしいだろう?」

精一杯の思いをぶつける。

「だから君に選んでほしい。君が怖い思いをしながらでも僕とずっと暮らす日常を選ぶか。離れて暮らして僕を思い出した時だけ共に過ごすのか」
「そんな」
「どちらの選択も難しいところはあると思う。途中で変えてもいい。でも今この時点でどうしたいか。それを聞かせてほしいんだ。」
「…」
「僕は君の答えによって身の振り方を考えるから。」
「私は、あなたのことを愛してるわ。」
「うん。分かってる。」
「あなたは私と一緒に暮らすのは私以上の恐怖でしょうね。妻がいつ自分のことを忘れるか分からないんだもの。」
「…」
「でも。ごめんなさい。私はあなたを自由にしてあげられない。お願いだからそばにいてほしいの。」

泣きそうな表情で訴えかけてくる妻を見て僕は心が激しく揺さぶられるのを感じた。
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