君の記憶が消えゆく前に

じじ

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「愛盗病のことなんだけれど」

恐る恐る僕が切り出すと彼女は軽快に笑った。

「また、その話?診察受けて一月くらいは症状が出てたし、もうだめだと思ったけれど最近は症状も出てないから、誤診だったのね。あの時、私もちょうど疲れてたし。」

呑気な美弥の言葉に一瞬血が沸騰しそうになる。分かってる。彼女は辛い病を抱えていて一年もしないうちにこの世からいなくなってしまう。
でも、この2ヶ月僕は最新の注意を払いながら生きてきたんだ。彼女が僕を見て心を乱さないように、慎重に慎重に。
仕事で疲れて早く寝たい日も。体がだるくて起きられない日も。彼女が僕を忘れている時間は家にいないように努めていたんだ。
僕は大きく息を吐いた。一瞬にして沸いた激情はすうっと波が遠ざかるように静かに引いていった。

「症状が出てないんじゃない。僕が言えなかったんだ。」
「え?」
「最初の一月は毎日、いや毎回教えていただろう?その度に君が悲しむのに耐えられなくて…」
「うそよ。だって家の中にあなたがいたら私はきっともっとパニックを起こしてるわ!でもいつだって部屋は片付いてた」
「そうだね。僕が君の心を乱したくなくて、僕を忘れている時間は極力…いや、確実に家を空けるようにしていたから」
「そんな…」
「すまない」
「どうして?あなたが最近言わなくなって、やっぱり先生の勘違いだったんだってようやく思えてきたところだったのに!希望が持てたのに!」

美弥は静かな口調で、しかしぽろぽろと大粒の涙を流しながら問うてきた。僕はこの瞬間が怖かった。いや、分かってはいたのだ。こうなることも全部。でも、彼女の悲しむ様を見たくないという自分の感情が結果的に彼女をさらに傷つけてしまった。

「本当にすまない」

睨みつけるようにこちらを見つめる彼女は低く暗い声で僕に言った。

「それならなぜ隠し通してくれなかったの?」
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