君の記憶が消えゆく前に

じじ

文字の大きさ
上 下
7 / 16

6

しおりを挟む
驚いて立ち尽くすと、彼女はハッとしたように僕を見つめた。そして、僕に今気づいたように問いかける。

「あれ、帰ってたの?って、グラス落としてるじゃない。大丈夫?」

10秒前の自分の行動を完全に忘れている様子に僕は思わず泣いてしまった。
やっぱり、彼女は愛盗病にかかったのだろう。そして、僕を忘れている間の出来事を彼女は認識できない。

「君だよ」
「え?」
「君が僕にグラスを投げつけてきたんだ」
「まさか。冗談にしてもタチが悪いわよ。片付け手伝ってあげるから」

僕がグラスを割ったことの言い訳をしているように聞こえたのか、彼女は笑いながら僕を嗜める。側によって来て割れたグラスをそっと拾い上げると、残りは箒と塵取りで集めている。

「掃除機、かけないの?」

こんなことよりもっと聞かないといけないことがあるはずなのに、口から出てくる言葉の間抜けさに笑ってしまいそうになる。だが、彼女は特段怪しむ様子もなく、時計をちらっと見て言った。

「遅いからね。周りに迷惑でしょう」

その言葉の片隅に遅い時間に酔っ払ってグラスを割った(と彼女が思いこんでいる)私への非難が含まれている。

「ねえ、美弥。本当に君が投げできたんだ。僕を知らない男でも見るような目で」
「まさか。やめてよ」
「本当だよ」
「うそよ。私をからかってるんでしょう?飲み過ぎじゃない。」
「これ、グラスが額にあたったんだ」

そう言って、前髪を掻き上げて彼女に見せる。強くぶつけられたせいで、あおじんでいるらしい。彼女は慌てた様子で僕の額を覗き込むと、保冷剤を渡してくれた。
そして、ぽつりと一言呟く。

「グラスがあたったの?」
「うん」
「本当に私が投げたの?」
「ああ。」
「私、全く覚えてないの」
「僕がグラスを落としたと思い込んでるけど、僕がいつ帰って来たかも覚えてないだろう?」
「そういえば…気づいたらあなたが割れたグラスの前で泣いていた」
「君は完全に僕のことを忘れていたんだ。」
「そんな…」
「美弥、一回病院に行ってみないか。何か分かるかもしれない。」
「…」
「ねえ、美弥」
「愛盗病かもしれないって?そうね。その方があなたはすっきりするわよね。」

彼女らしくない捻くれた言い方に、僕が怖気付くと、彼女は唇を噛んで俯いた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神様のボートの上で

shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください” (紹介文)  男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!  (あらすじ)  ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう  ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく  進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”  クラス委員長の”山口未明”  クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”  自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。    そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた ”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?” ”だとすればその目的とは一体何なのか?”  多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった

花舞う庭の恋語り

響 蒼華
キャラ文芸
名門の相神家の長男・周は嫡男であるにも関わらずに裏庭の離れにて隠棲させられていた。 けれども彼は我が身を憐れむ事はなかった。 忘れられた裏庭に咲く枝垂桜の化身・花霞と二人で過ごせる事を喜んですらいた。 花霞はそんな周を救う力を持たない我が身を口惜しく思っていた。 二人は、お互いの存在がよすがだった。 しかし、時の流れは何時しかそんな二人の手を離そうとして……。 イラスト:Suico 様

春の記憶

宮永レン
ライト文芸
結婚式を目前に控えている星野美和には、一つだけ心残りがあった。 それは、遠距離恋愛の果てに別れてしまった元恋人――宝井悠樹の存在だ。 十年ぶりに彼と会うことになった彼女の決断の行方は……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

俺の大切な人〜また逢うその日まで〜

かの
恋愛
俺には大切な人がいた。 隣にいるのが当たり前で、 これからもずっとそうだと思ってた。 ....どうして。なんで。 .........俺を置いていったの。

「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨

悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。 会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。 (霊など、ファンタジー要素を含みます) 安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き 相沢 悠斗 心春の幼馴染 上宮 伊織 神社の息子  テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。 最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*) 

処理中です...