君の記憶が消えゆく前に

じじ

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思えば異変に気づいたその時点でもっと詳しく彼女に尋ねておけばよかったのだ。それなのに僕は聞いてしまうことで、彼女が僕を忘れていたという事実を再度突きつけられるのが怖くて逃げた。

次の日は日曜日。幸いにして朝から夕方まで大学時代の友人と遊びに行く約束をしている。明日は美弥の様子に一喜一憂せずに済むと思うと心なしかふっと気持ちが軽くなる。
寝る前に美弥に明日のことを詫びておいた。

「明日、ごめんね。君も好きな時に遊びに行ってくれていいから。」
「あら、じゃあ明日とか」

ふざけて答える美弥の様子がいつも通りなことに安心する。

「嘘よ。子どもたちとのんびり過ごすから気にしないで楽しんできてね」

詩も華もこの上なく愛らしく大切な僕の宝物だが、彼女たち二人とのんびりなど過ごせるわけがない。一方が牛乳をこぼして、その後始末をしているともう一方がそのすきをついて、本棚の本をすべてぶちまけているような二人なのだから。
僕を気遣わせないためのその言葉が嬉しい。明日は彼女に絶対スイーツを買って帰ろう。

翌朝モーニングを食べることにしていた僕は3人を起こさないようにそっと家を出る。
久しぶりに出会う友人との時間に、束の間僕は学生時代に戻った気になる。
一日中ダラダラと一緒に過ごした友人とは、11時ごろ、居酒屋で浴びるほど酒を飲んだ後別れた。
僕が遊びに行くことを笑顔で快く送り出してくれた美弥だが、流石に怒ってるかもしれない。いや、それ以前にもう子ども達と一緒に夢の中か…。

どうか寝てますように、と祈りながら鍵を開けるとリビングが明るい。
やばい、やっぱり起きてたか…。

「ただいま、ごめん遅くなって…これ、お土産」

深夜に空いてるスイーツ店など当然なく、僕はコンビニで買ったハーゲンダッツのイチゴ味のアイスを手渡そうと彼女に近づいた。

途端に彼女は椅子から立ち上がり、青い顔をして後ずさった。睨みつけるように僕を見つめる様に尋常じゃないものを感じる。

「こっちにこないで!出ていって!」

怒鳴られたことに、驚いて思わずもう一歩近づいて問いかけた。

「美弥、どうしたんだ?」

途端に彼女は近くにあったガラスのコップを投げつけてきた。突然のことに避けきれず、額にまともに受けてしまう。僕の額に当たったグラスはそのままフローリングに落ちて、ぱりんと音を立てて割れた。
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