君の記憶が消えゆく前に

じじ

文字の大きさ
上 下
5 / 16

4

しおりを挟む
「え、昼飯食いに帰ろうって誘いにきたんだけど。どうしたの美弥?」

僕の方が狼狽した声を出したの見て、美弥ははっと我に帰ったようだ。

「あれ、どうしたの、あなた?」

いや、違う。まるで今初めて僕の存在に気付いたようだ。

「さっきのなんだったの」

心臓が早鐘を打つのを止められない。彼女は不思議そうに僕を見ながら小首を傾げた。

「さっきの、って何の話してるの?」

ぞっとして僕は彼女を問い詰めた。昼中の公園の砂場で妻に詰問する日が来るなんて夢にも思わなかった。

「僕を見て悲鳴をあげたじゃないか。まるで不審者を見るかのような目で見て。それで今度はそれを忘れたふり?どういうつもりなんだよ。」

思わず苛ついた僕を心配そうに見つめて彼女は言う。

「あの、ごめんね。本当にわからないのだけれど…私何かした?」

絶句した。そして時計を見て、もう一度背筋が凍る。今は彼女が僕にメールを送ってきていた時間。いや、ここ一週間、僕にメールを送って来なくなった時間だ。

「あのさ、さっき僕のこと知らない人を見る目で見たんだ。覚えてないのかもしれないけれど」

そうだ、あの病気は確か本人は病状を自覚できないんじゃなかったか。

「…」
「って、ごめん。心配しすぎだよな。なんかこの間あんな記事読んだせいで頭から離れなくてさ。ちょっと影響されてんのかも」

頼む。冗談だ、からかったんだ、と言ってくれ。彼女は真剣な様子で考え込む。

「でも、私さっき詩とずっと一緒にいたわ。」
「ああ」
「詩のことちゃんと覚えてた。あなたの勘違いじゃない?」

そんな本当に僕を忘れていたこと自体を覚えていないのか…うそだろ?でもなにか勘違いしただけかもしれないし。
僕は込み上げる不安を必死で飲み込んだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神様のボートの上で

shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください” (紹介文)  男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!  (あらすじ)  ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう  ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく  進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”  クラス委員長の”山口未明”  クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”  自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。    そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた ”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?” ”だとすればその目的とは一体何なのか?”  多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった

花舞う庭の恋語り

響 蒼華
キャラ文芸
名門の相神家の長男・周は嫡男であるにも関わらずに裏庭の離れにて隠棲させられていた。 けれども彼は我が身を憐れむ事はなかった。 忘れられた裏庭に咲く枝垂桜の化身・花霞と二人で過ごせる事を喜んですらいた。 花霞はそんな周を救う力を持たない我が身を口惜しく思っていた。 二人は、お互いの存在がよすがだった。 しかし、時の流れは何時しかそんな二人の手を離そうとして……。 イラスト:Suico 様

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

俺の大切な人〜また逢うその日まで〜

かの
恋愛
俺には大切な人がいた。 隣にいるのが当たり前で、 これからもずっとそうだと思ってた。 ....どうして。なんで。 .........俺を置いていったの。

春の記憶

宮永レン
ライト文芸
結婚式を目前に控えている星野美和には、一つだけ心残りがあった。 それは、遠距離恋愛の果てに別れてしまった元恋人――宝井悠樹の存在だ。 十年ぶりに彼と会うことになった彼女の決断の行方は……

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

余命三ヶ月、君に一生分の恋をした

望月くらげ
青春
感情を失う病気、心失病にかかった蒼志は残り三ヶ月とも言われる余命をただ過ぎ去るままに生きていた。 定期検診で病院に行った際、祖母の見舞いに来ていたのだというクラスメイトの杏珠に出会う。 杏珠の祖母もまた病気で余命三ヶ月と診断されていた。 「どちらが先に死ぬかな」 そう口にした蒼志に杏珠は「生きたいと思っている祖母と諦めているあなたを同列に語らないでと怒ると蒼志に言った。 「三ヶ月かけて生きたいと思わせてあげる」と。 けれど、杏珠には蒼志の知らない秘密があって――。

処理中です...