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春
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それはいつもの日曜日の朝。妻の美弥が僕を呼ぶ声が聞こえた。
「翔、コーヒー入ったよ。起きてきてー」
2階に上がってくるのを邪魔くさがって、彼女はよくそうやって僕を呼ぶ。2階に響き渡る明るい彼女の声に後押しされて、もぞもぞとベッドから這い出し、階段を降りてリビングに入ると彼女から新聞を渡された。
2階に上がる手間は避けておきながら、自分は読みもしない新聞を外に取りに行ってくれる彼女の優しさをおかしく、そして微笑ましく感じてしまう。
「おはよう。いや、おそようかな。ねぼすけくん」
確かに休日とはいえ、10時までは寝過ぎた。返す言葉のない僕は素直に謝る。
「ごめん、寝過ごした。華と詩は?」
いつもは同じ部屋で寝ている愛娘達の所在を尋ねる。
「2人なら私よりも早起きでした。今は、隣の和室で2人仲良く二度寝しておられます」
おどけたように答える美弥に、恐る恐る尋ねる。
「ちなみに何時に起きたの?」
「5時半。おかげで日曜日の朝、有意義に過ごせた」
あくびしながらいう彼女に、再度謝罪する。
「それは…ごめんね。いや、ありがとう、か」
「いえいえ。起きたら、首の上に華が乗っかってて死ぬかと思った。」
舌を出して、白目をむく彼女を見て、僕は思わず笑いながら茶化した。
「かわいそうに。せっかく目覚めたのに危うく再び眠りにつくところだったわけだ。」
それを聞いて彼女は笑いながら低い声で僕に告げた。目が笑っていない。
「翔を起こす時は、華を首の上に置く、と」
「ごめん、朝から大変だったね。大丈夫だった?」
僕が素直に謝ったことで、それ以上の不興は買わずに済んだようだ。彼女は機嫌を直したようで、手に持っていたコーヒーを渡してくれた。
ダイニングテーブルで渡されたコーヒーを飲みながら新聞に目を通すと、彼女は僕の肩越しに新聞を覗き込んできた。いつもは番組表にしか興味を示さない彼女が珍しく一面記事の見出しを読み上げた。
「愛盗病発症者1名、東京で確認…愛盗病ってすごい病名ね。何なの?」
首を傾げながら尋ねてくる彼女に、僕は念のため概要が書かれた箇所を指差した。
「ここに書いてあるみたいだけど、先に読む?」
お伺いをたてると、美弥は笑いながら首を振った。
「新聞ってさ、なんか上手く持てないんだよね。だんだんずれてきちゃって…端がずれた新聞見るのも直すのも嫌なの。だからあなたが読んで」
ずれた新聞にそこまで熱い思いを抱いてるとは知らなかった。しかし、甘えたように言われて僕はすぐに読み上げることにした。
「はいはい。えっ、うわぁ怖いなこれ。」
「なに?どうしたの?」
「死ぬ直前まで、日常生活に支障は来さないが、特定の人の記憶のみ消えていく病。発症すると日が経つごとに、特定の相手のことを忘れる時間が増えていく。発症から一年後発症者は死ぬが、その間本人は病を知覚できない。だそうだよ。」
「何それ、怖いね。しかも特定の相手?それって仲良しのママ友とか?」
「いや、深く愛を注いだ相手と言うことだけは、現時点で解明されてるみたいだけど…それ以上は分かってないらしいよ」
「ってことは、子どもとか配偶者?」
「だろうね。もちろん君がママ友に深い愛を注いでたら、ママ友の可能性もあるけど」
ふざけて返すと、肩を軽くグーで殴られた。そして真顔で呟いた。
「私なら華と詩か。あの2人を忘れたら生きていけない」
急に深刻になった彼女に僕は冗談で返した。
「あれ、僕じゃないの?」
そう言った瞬間、彼女は半眼で僕を一瞥し、ついで何かに気づいたようににやりと笑って言った。
「確かに。どうせ忘れるなら翔か。翔のことなら忘れても生きていける」
「うわ、ひどい。」
僕たちにとって、それはあまりに遠いところの話だった。
だからこんなに軽く話せていたのだ。
「翔、コーヒー入ったよ。起きてきてー」
2階に上がってくるのを邪魔くさがって、彼女はよくそうやって僕を呼ぶ。2階に響き渡る明るい彼女の声に後押しされて、もぞもぞとベッドから這い出し、階段を降りてリビングに入ると彼女から新聞を渡された。
2階に上がる手間は避けておきながら、自分は読みもしない新聞を外に取りに行ってくれる彼女の優しさをおかしく、そして微笑ましく感じてしまう。
「おはよう。いや、おそようかな。ねぼすけくん」
確かに休日とはいえ、10時までは寝過ぎた。返す言葉のない僕は素直に謝る。
「ごめん、寝過ごした。華と詩は?」
いつもは同じ部屋で寝ている愛娘達の所在を尋ねる。
「2人なら私よりも早起きでした。今は、隣の和室で2人仲良く二度寝しておられます」
おどけたように答える美弥に、恐る恐る尋ねる。
「ちなみに何時に起きたの?」
「5時半。おかげで日曜日の朝、有意義に過ごせた」
あくびしながらいう彼女に、再度謝罪する。
「それは…ごめんね。いや、ありがとう、か」
「いえいえ。起きたら、首の上に華が乗っかってて死ぬかと思った。」
舌を出して、白目をむく彼女を見て、僕は思わず笑いながら茶化した。
「かわいそうに。せっかく目覚めたのに危うく再び眠りにつくところだったわけだ。」
それを聞いて彼女は笑いながら低い声で僕に告げた。目が笑っていない。
「翔を起こす時は、華を首の上に置く、と」
「ごめん、朝から大変だったね。大丈夫だった?」
僕が素直に謝ったことで、それ以上の不興は買わずに済んだようだ。彼女は機嫌を直したようで、手に持っていたコーヒーを渡してくれた。
ダイニングテーブルで渡されたコーヒーを飲みながら新聞に目を通すと、彼女は僕の肩越しに新聞を覗き込んできた。いつもは番組表にしか興味を示さない彼女が珍しく一面記事の見出しを読み上げた。
「愛盗病発症者1名、東京で確認…愛盗病ってすごい病名ね。何なの?」
首を傾げながら尋ねてくる彼女に、僕は念のため概要が書かれた箇所を指差した。
「ここに書いてあるみたいだけど、先に読む?」
お伺いをたてると、美弥は笑いながら首を振った。
「新聞ってさ、なんか上手く持てないんだよね。だんだんずれてきちゃって…端がずれた新聞見るのも直すのも嫌なの。だからあなたが読んで」
ずれた新聞にそこまで熱い思いを抱いてるとは知らなかった。しかし、甘えたように言われて僕はすぐに読み上げることにした。
「はいはい。えっ、うわぁ怖いなこれ。」
「なに?どうしたの?」
「死ぬ直前まで、日常生活に支障は来さないが、特定の人の記憶のみ消えていく病。発症すると日が経つごとに、特定の相手のことを忘れる時間が増えていく。発症から一年後発症者は死ぬが、その間本人は病を知覚できない。だそうだよ。」
「何それ、怖いね。しかも特定の相手?それって仲良しのママ友とか?」
「いや、深く愛を注いだ相手と言うことだけは、現時点で解明されてるみたいだけど…それ以上は分かってないらしいよ」
「ってことは、子どもとか配偶者?」
「だろうね。もちろん君がママ友に深い愛を注いでたら、ママ友の可能性もあるけど」
ふざけて返すと、肩を軽くグーで殴られた。そして真顔で呟いた。
「私なら華と詩か。あの2人を忘れたら生きていけない」
急に深刻になった彼女に僕は冗談で返した。
「あれ、僕じゃないの?」
そう言った瞬間、彼女は半眼で僕を一瞥し、ついで何かに気づいたようににやりと笑って言った。
「確かに。どうせ忘れるなら翔か。翔のことなら忘れても生きていける」
「うわ、ひどい。」
僕たちにとって、それはあまりに遠いところの話だった。
だからこんなに軽く話せていたのだ。
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