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文禄の役
宗家の立場
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「その心配には及ばぬ。もちろん、手ぶらで渡海するわけにもいくまいから、手勢は連れてゆく。じゃが、主力は、朝鮮軍じゃよ。」
「朝鮮軍ですと!?朝鮮は、明の属国ではありませぬか。その朝鮮が、何故、我が方の主力となるのでございますか!?」
「明の征服は、何も余の突飛な思い付きではないのじゃ。実はな、右府様はかなり早い段階で、朝鮮との折衝を望んでおった。もちろん、将来の明の征服の布石としてな。じゃが、その時は梨の礫じゃった。右府様は、朝鮮が折衝に応じれば、対等の同盟を思し召し遊ばされておったが、そんな顛末故、天下静謐の暁には、朝鮮征伐を考えておったのじゃ。」
「何と、右府様も朝鮮征伐を思召されておったとは!?」
「余は、右府様の衣鉢を受け継ぎ、まずは朝鮮に服属をもとめた。天正十五年のことよ。」
「天正十五年ですと!?島津様が降伏された頃ではございませぬか!?」
「九州征伐は、何も日本平定のためだけではない。明征伐にあたっては、九州が前線になるからのう。その意味でも、平定は不可欠じゃった。」
「そこまで見据えた、“天下静謐”だったとは…あまりに大きすぎる話についてゆけませぬ。とはいえ、朝鮮もすぐに服属するわけでもありますまい。」
「いや、そうでもないのじゃ。かねがね、対馬の宗対馬守(義智)はうそぶいておったのじゃ。“朝鮮は年毎の貢物として米一万俵を納めている”とな。つまり、朝鮮は、対馬の管轄下にあるということじゃ。そのような国が、九州まで平定した余に歯向かう余力がどこにある?」
「拙者もその話は耳にしたことがございます。さりながら、この話が真であれば、朝鮮のほうからむしろ、殿下に誼を通じてくるはずではありますまいか?九州平定の折りも、戦わずして帰参した大名も多かったではございませぬか?朝鮮が殿下に誼を通じてきたなどという話は、拙者、とんと耳にしたことはございませぬ。もしや、宗様の…。」
「虚言と申すか?仮に、虚言だとして、そのような虚言を弄して、宗は何が得られる?それこそ、虚言と暴かれたときは、余とて容赦はせぬ。それは、宗も分かっていることであろう。もちろん、米一万俵は、言葉の綾かもしれぬ。じゃが、朝鮮からの貢物が全くないわけでもないはずじゃ。その意味で、余は少なくとも対馬と朝鮮は対等であると思ったわけじゃ。じゃからこそ、余は宗に対馬の本領を安堵する代わりに、朝鮮服属を果たすよう申し渡した。」
「殿下の仰せの如く、朝鮮からはなにがしかの貢物があったのでございましょう。さりながら、宗様のお立場を察するに、殿下に対しては、朝鮮と対等に付き合えていることを吹聴し、他方、朝鮮に対しては、宗様が被官のお立場で交渉にあたっていたのやも知れませぬ。となると、宗様のご心中いかばかりかと…。」
「お主が、そこまで宗のことを慮る分けも解せぬが…宗としても否も応もないであろう。朝鮮とのつながりを大事に思うなら、お家取りつぶしは免れぬからのう。もっとも、これまでの朝鮮とのやりとりで朝鮮のことは手に取るようにわかるであろうから、宗を置いて他に、朝鮮との交渉を任せられるものはおらぬから、そこには活路を見出したのではないかのう。宗の心中はさておき、宗は朝鮮と話をつけたようで、天正十八年に朝鮮から使者が参った。」
「いかに殿下のご下知とは申せ、首尾よく、朝鮮から使者が遣わされるとは、宗様のご手腕並々ならぬものですな。さりながら、交渉だけで朝鮮が服属したというのも、どうも話が出来過ぎているようにも見受けられますが…。」
「つまり、奴らは服属のためにやってきたのではなく、別の目的で来たと。いや、宗が“二枚舌”を使ったと!?」
「あくまで、憶測でございます。しかしでございます。もし、朝鮮と宗家は対等な関係、否、宗家が朝鮮の属国扱いだったとすれば、おぼろげながら筋が見えてまいります。」
「筋とは…?」
「宗家が朝鮮から米を貰っていたことは、確かでございましょう。但し、それは貢物ではなく、下賜としてでありましょう。とはいえ、もらった事に変わりはありませぬ。ゆえに、諸大名には“朝鮮からの貢物”と喧伝遊ばされたのでございましょう。宗様以外にそれを調べる手立てはありませぬからな。何より、朝鮮を属国扱いにしていると諸大名が耳にすれば、宗様に皆々様、一目置かれることでございましょう。殿下でさえ、そうお感じ遊ばされたくらいでございますからな。これが続けば、宗家のお立場は盤石だったことでございましょう。さりながら、殿下は、朝鮮はおろか明の征伐まで思し召し遊ばれた。しかも、大言壮語ではなく、渡航の算段までつけておられた。宗様は、朝鮮と殿下の間で板挟みにおなり遊ばされた。殿下に楯突くなどできようはずもないが、さりとて、朝鮮が殿下に服属することもない。どうしたものかと…。」
「施薬院、確かにお主の申すことも尤もじゃが、いかなる理由であれ、朝鮮は使者を遣わしたではないか。これを何とする?」
「一つ考えられるとすれば、宗様は朝鮮に対して、殿下の天下静謐を祝う使者の派遣を乞うたのではありますまいか?」
「天下静謐を祝う!?」
「御意。宗様とて、殿下のご下知を無視はできますまい。かといって、服属を申し込む形での使者の派遣など、朝鮮が呑むはずもない。そこで、朝鮮には殿下を祝う名目で使者の派遣を要請し、それを殿下には服属の使者として報告する。さすれば、朝鮮から日本に使者は来たことになります。」
「むむむ。確かにお主の申すことにも一理ある。じゃが、経緯はどうあれ、朝鮮は余に従う運命なのじゃ。」
「朝鮮軍ですと!?朝鮮は、明の属国ではありませぬか。その朝鮮が、何故、我が方の主力となるのでございますか!?」
「明の征服は、何も余の突飛な思い付きではないのじゃ。実はな、右府様はかなり早い段階で、朝鮮との折衝を望んでおった。もちろん、将来の明の征服の布石としてな。じゃが、その時は梨の礫じゃった。右府様は、朝鮮が折衝に応じれば、対等の同盟を思し召し遊ばされておったが、そんな顛末故、天下静謐の暁には、朝鮮征伐を考えておったのじゃ。」
「何と、右府様も朝鮮征伐を思召されておったとは!?」
「余は、右府様の衣鉢を受け継ぎ、まずは朝鮮に服属をもとめた。天正十五年のことよ。」
「天正十五年ですと!?島津様が降伏された頃ではございませぬか!?」
「九州征伐は、何も日本平定のためだけではない。明征伐にあたっては、九州が前線になるからのう。その意味でも、平定は不可欠じゃった。」
「そこまで見据えた、“天下静謐”だったとは…あまりに大きすぎる話についてゆけませぬ。とはいえ、朝鮮もすぐに服属するわけでもありますまい。」
「いや、そうでもないのじゃ。かねがね、対馬の宗対馬守(義智)はうそぶいておったのじゃ。“朝鮮は年毎の貢物として米一万俵を納めている”とな。つまり、朝鮮は、対馬の管轄下にあるということじゃ。そのような国が、九州まで平定した余に歯向かう余力がどこにある?」
「拙者もその話は耳にしたことがございます。さりながら、この話が真であれば、朝鮮のほうからむしろ、殿下に誼を通じてくるはずではありますまいか?九州平定の折りも、戦わずして帰参した大名も多かったではございませぬか?朝鮮が殿下に誼を通じてきたなどという話は、拙者、とんと耳にしたことはございませぬ。もしや、宗様の…。」
「虚言と申すか?仮に、虚言だとして、そのような虚言を弄して、宗は何が得られる?それこそ、虚言と暴かれたときは、余とて容赦はせぬ。それは、宗も分かっていることであろう。もちろん、米一万俵は、言葉の綾かもしれぬ。じゃが、朝鮮からの貢物が全くないわけでもないはずじゃ。その意味で、余は少なくとも対馬と朝鮮は対等であると思ったわけじゃ。じゃからこそ、余は宗に対馬の本領を安堵する代わりに、朝鮮服属を果たすよう申し渡した。」
「殿下の仰せの如く、朝鮮からはなにがしかの貢物があったのでございましょう。さりながら、宗様のお立場を察するに、殿下に対しては、朝鮮と対等に付き合えていることを吹聴し、他方、朝鮮に対しては、宗様が被官のお立場で交渉にあたっていたのやも知れませぬ。となると、宗様のご心中いかばかりかと…。」
「お主が、そこまで宗のことを慮る分けも解せぬが…宗としても否も応もないであろう。朝鮮とのつながりを大事に思うなら、お家取りつぶしは免れぬからのう。もっとも、これまでの朝鮮とのやりとりで朝鮮のことは手に取るようにわかるであろうから、宗を置いて他に、朝鮮との交渉を任せられるものはおらぬから、そこには活路を見出したのではないかのう。宗の心中はさておき、宗は朝鮮と話をつけたようで、天正十八年に朝鮮から使者が参った。」
「いかに殿下のご下知とは申せ、首尾よく、朝鮮から使者が遣わされるとは、宗様のご手腕並々ならぬものですな。さりながら、交渉だけで朝鮮が服属したというのも、どうも話が出来過ぎているようにも見受けられますが…。」
「つまり、奴らは服属のためにやってきたのではなく、別の目的で来たと。いや、宗が“二枚舌”を使ったと!?」
「あくまで、憶測でございます。しかしでございます。もし、朝鮮と宗家は対等な関係、否、宗家が朝鮮の属国扱いだったとすれば、おぼろげながら筋が見えてまいります。」
「筋とは…?」
「宗家が朝鮮から米を貰っていたことは、確かでございましょう。但し、それは貢物ではなく、下賜としてでありましょう。とはいえ、もらった事に変わりはありませぬ。ゆえに、諸大名には“朝鮮からの貢物”と喧伝遊ばされたのでございましょう。宗様以外にそれを調べる手立てはありませぬからな。何より、朝鮮を属国扱いにしていると諸大名が耳にすれば、宗様に皆々様、一目置かれることでございましょう。殿下でさえ、そうお感じ遊ばされたくらいでございますからな。これが続けば、宗家のお立場は盤石だったことでございましょう。さりながら、殿下は、朝鮮はおろか明の征伐まで思し召し遊ばれた。しかも、大言壮語ではなく、渡航の算段までつけておられた。宗様は、朝鮮と殿下の間で板挟みにおなり遊ばされた。殿下に楯突くなどできようはずもないが、さりとて、朝鮮が殿下に服属することもない。どうしたものかと…。」
「施薬院、確かにお主の申すことも尤もじゃが、いかなる理由であれ、朝鮮は使者を遣わしたではないか。これを何とする?」
「一つ考えられるとすれば、宗様は朝鮮に対して、殿下の天下静謐を祝う使者の派遣を乞うたのではありますまいか?」
「天下静謐を祝う!?」
「御意。宗様とて、殿下のご下知を無視はできますまい。かといって、服属を申し込む形での使者の派遣など、朝鮮が呑むはずもない。そこで、朝鮮には殿下を祝う名目で使者の派遣を要請し、それを殿下には服属の使者として報告する。さすれば、朝鮮から日本に使者は来たことになります。」
「むむむ。確かにお主の申すことにも一理ある。じゃが、経緯はどうあれ、朝鮮は余に従う運命なのじゃ。」
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