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第一章 オクタヴィアンはハゲを治したいだけ
第十二話 不可解な話
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昨日のショックからまだ立ち直っていないローラだったが、この日、ヴラド公が屋敷に現れたという話を聞いて、居ても立っても居られなくなった。そして勉強をしているヨアナにお願いをした。
「ヨアナ様。少し席を外してもよろしいですか?」
ヨアナはキョトンとした。昨晩からあまりにもローラの様子がおかしいので、ヨアナも心配なのだ。
「ローラ。どこ行くの?」
ローラはその一言が返せない。
ラドゥを殺したヴラドの顔が見たい!
私の家族を殺したその顔を。
その憎らしい顔を一目見たい!
ローラはヨアナにそんな恐ろしい事は言えなかった。
「ローラ。大丈夫? そんな哀しい顔しちゃダメだよ」
ヨアナはそう言うと、イスから下りてローラを抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫」
ローラはその言葉にまた涙が出てきた。
私はそんなに哀しい顔をしていたのだろうか?
私はあの男の顔を見て、何をしようとしているのか?
こんな虚しい考えがローラを包み込んでいった。
「それでラドゥ様も殺してしまったのですか?」
オクタヴィアンのその真っ直ぐな質問にヴラド公は臆する事なく答えた。
「うむ。殺した。……しかし、逃した」
「どういう事ですか?」
「森の中でラドゥと戦い、奴の腹に剣が刺さった。しかし奴は口から血を出しながらも後ずさり、そのまま後ろの川へ自ら落ちていったのだ」
「そ、そうなんですか?」
「しかも不可解だったのだが、ラドゥには親衛隊が着いていたのだが、なぜか彼らもいっしょに川へ飛び込んで行ったのだ」
「え?」
その言葉を聞いて、オクタヴィアンは少し希望を持った。しかしヴラド公の言う通り、かなり不可解な話。オクタヴィアンはその謎に興味を惹かれた。
「面白い話かな? ラドゥが生きているかも知れないと分かって安心したが、その不可解さに疑問を抱いたという顔をしているぞ」
「あ、いや……っっ」
「実際、ラドゥが川に落ちて、親衛隊達が……五人ぐらいはいたと思うが、いっしょに落ちたのには驚いたよ。当然落ちた後、川を見たのだが、これがまた不可解な事に、彼ら全員の姿が見えなくなったのだ。その後兵士達と捜索をしたのだが、全く手がかりがなかった」
「そ、そうなんですか?」
思わずオクタヴィアンは前のめりになった。そして自分でも気がつかなかったが、目がキラッキラに輝いていた。
「ハハハ! 貴様がこんなにこの話に興味を持つとは思わなかったぞ。もしよかったら場所を教えてあげるから、今度捜索してみるがいい」
「い、いや、そこまでは……」
その返事を聞くとヴラド公は小さく笑みをこぼした。
「まあいい。その不可解な点はさておき、ラドゥが貴族に人気があったのは分かっている。他の貴族の屋敷に行った時にも同じ様なリアクションをされたのでな。実際に奴は私より物腰が柔らかいし、接しやすいだろうからな。しかし兄弟と言えど今や敵。国を滅ぼしかねない危険性のある男なのだ。それも分からなくはないだろう? オロロック?」
オクタヴィアンは考えた。
確かにラドゥは接しやすく親しみやすい。しかしオスマントルコの文化を国に入れてきたし、そのせいで国民の格差は広がったような気もする。そしてヴラド公のような厳しい取り締まりをしなかったので、街の治安が悪くなったのも事実。
オクタヴィアンは何が正しいのかよく分からなくなった。
そこにエリザベタが入ってきた。
「ワインをお持ちしました」
エリザベタはコルクが乗っているだけで開けたてと分かるワラキア産のワインボトルと、金属製のワイングラスが二つ乗っているおぼんを両手に持ち、それを机に置いた。
「ああ、奥方。ありがとう。昨日はパーティーも来てくれてありがとう。皆さま奥方の話の虜になっていたようですな」
「いえいえ。私など取るに足りないですわ」
昨日のパーティーの話になり、オクタヴィアンは肩身が狭くなった。
「ああ、そうだ。オロロック。貴様の屋敷に来たのには昨日の詫びもあってな」
ヴラド公はそう言うと、懐から本を一冊取り出した。
「これはかなり古い本なのだが、貴様の悩みに答えてくれるかもしれん」
その本はかなり年季の入った物で、本の端などはボロボロになっている。オクタヴィアンはそのボロボロの本を手に取ると、その表紙を読んだ。
『病気と薬草の関係』 アリスファド・テスラ
アリスファド・テスラ……。どっかで聞いたな。なんだっけ? 思い出せないな……
そんな事を思っていると、ヴラド公は話を続けた。
「この本はずいぶん昔から宮廷に置いてあってな。怪我人が出たりした時に、下手な医者よりも役にだったのだ。これで昨日の事は許してほしい」
ヴラド公はオクタヴィアンを傷つけてしまった事を悪いと思っているようだった。
「それに父君の病気に関しても、この本なら書いてあるかもしれん」
そうヴラド公は続けた。オクタヴィアンは少し申し訳ない気持ちになった。
「あ、いや。なんかすいません。ボクの方こそ勝手に帰ってしまったのに……」
「ホントですわ。この人の勝手な振る舞いを……」
オクタヴィアンが謙遜したところにしっかりエリザベタが乗っかってきた。
その光景にヴラド公はハハと笑った。
「すまない。せっかくワインを出して頂いたのだが、次の屋敷へ行く時間です。奥方、ご馳走様でした」
そう言うとその場で立ち上がり、部屋を出て行った。
「お、おかまいもしませんで」
オクタヴィアンもそう言いながら立ち上がると、ヴラド公を追いかけ、後ろを歩いた。エリザベタも後に続いた。
ツカツカとかなりの早足でヴラド公は歩き、サッサと門の外の馬車までたどり着いた。二人も必死で後をついて行った。
そしてヴラド公は馬車に乗ると、オクタヴィアンの顔をじっくりと見た。
「オロロック。今日はありがとう。グリゴアは借りるぞ。ではまたな」
それだけ言うと、馬車を走らせ、行ってしまった。
オクタヴィアンは今日の話をじっくり思い出していた。
一方エリザベタは、無言のまま、屋敷へ戻っていった。
オクタヴィアンはエリザベタを追っかけると、ラドゥの事を話した。
「え? 生きているかもですか?」
エリザベタにも希望の光が見えたようだった。そして二人は客間に戻った。そこには手を付けなかったワインボトルとワイングラスが二つ、エリザベタが置いたままの形で残っている。
「あ、エリザベタ。ワインをありがとう。帰っちゃったけど……」
「いいのです。もうこれにようはありませんね。下げます」
エリザベタはワイン一式の乗ったおぼんを両手で持った。
「では」
「あ、待ってエリザベタ。昨日のパーティーで何の話で盛り上がったの?」
「あなたが『ハゲた』って話をしたまでですよ」
エリザベタはしっかりオクタヴィアンを傷つけて、ワインを持って部屋をあとにすると、
「ローラ、ローラ! 話があります」
と、なぜかローラを呼んでいた。
オクタヴィアンはしっかり傷つきながら、エリザベタを見送ると、さっきまで座っていたイスに座り直し、ヴラド公が置いていった本を眺めた。
『病気と薬草の関係』 アリスファド・テスラ
オクタヴィアンは(今、こんな本を読む気にはならないあ)と、思いながらもその本を手に取って読み始めた。
「ヨアナ様。少し席を外してもよろしいですか?」
ヨアナはキョトンとした。昨晩からあまりにもローラの様子がおかしいので、ヨアナも心配なのだ。
「ローラ。どこ行くの?」
ローラはその一言が返せない。
ラドゥを殺したヴラドの顔が見たい!
私の家族を殺したその顔を。
その憎らしい顔を一目見たい!
ローラはヨアナにそんな恐ろしい事は言えなかった。
「ローラ。大丈夫? そんな哀しい顔しちゃダメだよ」
ヨアナはそう言うと、イスから下りてローラを抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫」
ローラはその言葉にまた涙が出てきた。
私はそんなに哀しい顔をしていたのだろうか?
私はあの男の顔を見て、何をしようとしているのか?
こんな虚しい考えがローラを包み込んでいった。
「それでラドゥ様も殺してしまったのですか?」
オクタヴィアンのその真っ直ぐな質問にヴラド公は臆する事なく答えた。
「うむ。殺した。……しかし、逃した」
「どういう事ですか?」
「森の中でラドゥと戦い、奴の腹に剣が刺さった。しかし奴は口から血を出しながらも後ずさり、そのまま後ろの川へ自ら落ちていったのだ」
「そ、そうなんですか?」
「しかも不可解だったのだが、ラドゥには親衛隊が着いていたのだが、なぜか彼らもいっしょに川へ飛び込んで行ったのだ」
「え?」
その言葉を聞いて、オクタヴィアンは少し希望を持った。しかしヴラド公の言う通り、かなり不可解な話。オクタヴィアンはその謎に興味を惹かれた。
「面白い話かな? ラドゥが生きているかも知れないと分かって安心したが、その不可解さに疑問を抱いたという顔をしているぞ」
「あ、いや……っっ」
「実際、ラドゥが川に落ちて、親衛隊達が……五人ぐらいはいたと思うが、いっしょに落ちたのには驚いたよ。当然落ちた後、川を見たのだが、これがまた不可解な事に、彼ら全員の姿が見えなくなったのだ。その後兵士達と捜索をしたのだが、全く手がかりがなかった」
「そ、そうなんですか?」
思わずオクタヴィアンは前のめりになった。そして自分でも気がつかなかったが、目がキラッキラに輝いていた。
「ハハハ! 貴様がこんなにこの話に興味を持つとは思わなかったぞ。もしよかったら場所を教えてあげるから、今度捜索してみるがいい」
「い、いや、そこまでは……」
その返事を聞くとヴラド公は小さく笑みをこぼした。
「まあいい。その不可解な点はさておき、ラドゥが貴族に人気があったのは分かっている。他の貴族の屋敷に行った時にも同じ様なリアクションをされたのでな。実際に奴は私より物腰が柔らかいし、接しやすいだろうからな。しかし兄弟と言えど今や敵。国を滅ぼしかねない危険性のある男なのだ。それも分からなくはないだろう? オロロック?」
オクタヴィアンは考えた。
確かにラドゥは接しやすく親しみやすい。しかしオスマントルコの文化を国に入れてきたし、そのせいで国民の格差は広がったような気もする。そしてヴラド公のような厳しい取り締まりをしなかったので、街の治安が悪くなったのも事実。
オクタヴィアンは何が正しいのかよく分からなくなった。
そこにエリザベタが入ってきた。
「ワインをお持ちしました」
エリザベタはコルクが乗っているだけで開けたてと分かるワラキア産のワインボトルと、金属製のワイングラスが二つ乗っているおぼんを両手に持ち、それを机に置いた。
「ああ、奥方。ありがとう。昨日はパーティーも来てくれてありがとう。皆さま奥方の話の虜になっていたようですな」
「いえいえ。私など取るに足りないですわ」
昨日のパーティーの話になり、オクタヴィアンは肩身が狭くなった。
「ああ、そうだ。オロロック。貴様の屋敷に来たのには昨日の詫びもあってな」
ヴラド公はそう言うと、懐から本を一冊取り出した。
「これはかなり古い本なのだが、貴様の悩みに答えてくれるかもしれん」
その本はかなり年季の入った物で、本の端などはボロボロになっている。オクタヴィアンはそのボロボロの本を手に取ると、その表紙を読んだ。
『病気と薬草の関係』 アリスファド・テスラ
アリスファド・テスラ……。どっかで聞いたな。なんだっけ? 思い出せないな……
そんな事を思っていると、ヴラド公は話を続けた。
「この本はずいぶん昔から宮廷に置いてあってな。怪我人が出たりした時に、下手な医者よりも役にだったのだ。これで昨日の事は許してほしい」
ヴラド公はオクタヴィアンを傷つけてしまった事を悪いと思っているようだった。
「それに父君の病気に関しても、この本なら書いてあるかもしれん」
そうヴラド公は続けた。オクタヴィアンは少し申し訳ない気持ちになった。
「あ、いや。なんかすいません。ボクの方こそ勝手に帰ってしまったのに……」
「ホントですわ。この人の勝手な振る舞いを……」
オクタヴィアンが謙遜したところにしっかりエリザベタが乗っかってきた。
その光景にヴラド公はハハと笑った。
「すまない。せっかくワインを出して頂いたのだが、次の屋敷へ行く時間です。奥方、ご馳走様でした」
そう言うとその場で立ち上がり、部屋を出て行った。
「お、おかまいもしませんで」
オクタヴィアンもそう言いながら立ち上がると、ヴラド公を追いかけ、後ろを歩いた。エリザベタも後に続いた。
ツカツカとかなりの早足でヴラド公は歩き、サッサと門の外の馬車までたどり着いた。二人も必死で後をついて行った。
そしてヴラド公は馬車に乗ると、オクタヴィアンの顔をじっくりと見た。
「オロロック。今日はありがとう。グリゴアは借りるぞ。ではまたな」
それだけ言うと、馬車を走らせ、行ってしまった。
オクタヴィアンは今日の話をじっくり思い出していた。
一方エリザベタは、無言のまま、屋敷へ戻っていった。
オクタヴィアンはエリザベタを追っかけると、ラドゥの事を話した。
「え? 生きているかもですか?」
エリザベタにも希望の光が見えたようだった。そして二人は客間に戻った。そこには手を付けなかったワインボトルとワイングラスが二つ、エリザベタが置いたままの形で残っている。
「あ、エリザベタ。ワインをありがとう。帰っちゃったけど……」
「いいのです。もうこれにようはありませんね。下げます」
エリザベタはワイン一式の乗ったおぼんを両手で持った。
「では」
「あ、待ってエリザベタ。昨日のパーティーで何の話で盛り上がったの?」
「あなたが『ハゲた』って話をしたまでですよ」
エリザベタはしっかりオクタヴィアンを傷つけて、ワインを持って部屋をあとにすると、
「ローラ、ローラ! 話があります」
と、なぜかローラを呼んでいた。
オクタヴィアンはしっかり傷つきながら、エリザベタを見送ると、さっきまで座っていたイスに座り直し、ヴラド公が置いていった本を眺めた。
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