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睡蓮の夢
月夜に隠れた人
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”ああ。あの人が、また来てる。”
まん丸な月が、雲に隠れてはまた現れていた。
ざあーと、涼しい風が吹く。山茶花、睡蓮などの花びらが舞い、後宮の園にある池の畔に落ちていった。
それを眺めるのは、たくさんある小岩の上にいる一匹の亀だ。頭の上に花びらが落ちても、亀は気にすることなく ボーっとする。
「── ふふ。あなた、本当にのんびり屋さんね?」
そんな亀を橋の上から眺めているのは 一人の女性だ。桃色の漢服を着て、月夜を背にする美女だ。
”どうして君は、笑っているの? それに、なんでいつもここに来るの?”
亀は、彼女にそう問う。
けれど喋ることはできなかった。それでもそう伝えたかった亀は、甲羅の中に頭を引っこめては、ひょっこりと出す。
「相変わらず変な亀ね」
女性はしゃがみ、亀の頭を指先で優しく撫でた。
「…… 私ね。すごく幼い、お妃様の妓女をやっているの。でもその子は、幼いのにわがままなんか言わない。痛いとか、苦しいとかも言わないの。我慢強い子……だとは思うんだけど。少しは甘えてほしいって思うの」
とても悲しそうな顔をする。
「苛められていても、やめてって言えないぐらい、気が弱い子なの。だから、私が守ってあげなくちゃ。あの子の……唯一の、味方でいたいから」
優しい姐姐のように。子を守る母のように。暗い表情だけれど、偽りなどそこにはないように見えた。
”大丈夫。あなたなら、できるよ。”
亀の声は、彼女には聞こえない。それでも伝えたいと思う気持ちはあった。ふと、そのとき、彼女が立ち上がる。
「やめさせなきゃ。金明妃を、守らなきゃ! 手に入れた、あれを使えば……」
女性は亀に振り返ることなく、その場から去っていった。
残された亀は何を思うでもなく、バシャッと音を立て て、池の中へと潜っていった。
□ □ □ ■ ■ ■
試験結果が出るまで約一週間、香 麗然は何をすればいいのかわからずにいた。受験者用の建物に寝泊まりしながら、暇な一日を過ごしていく。
「……うー。やることない」
薔薇の形に切り取られた飾り窓の縁に、両肘をつけた。ぼーっと外を眺め、あくびをしては再び 景色を見つめる。
そんなことがもう二日も続き、彼女はついに爆発した。
「うがー! もう、つまんないわ。何にも、やることないんだもの。そういえば、同じ受験者の人たち何してるのかしら?」
無駄に暇を持て余すより、同じ志を持つ女性たちの 生活を覗いてみよう。突拍子もない思いつきだったが、前は急げと部屋を出て行った。
まん丸な月が、雲に隠れてはまた現れていた。
ざあーと、涼しい風が吹く。山茶花、睡蓮などの花びらが舞い、後宮の園にある池の畔に落ちていった。
それを眺めるのは、たくさんある小岩の上にいる一匹の亀だ。頭の上に花びらが落ちても、亀は気にすることなく ボーっとする。
「── ふふ。あなた、本当にのんびり屋さんね?」
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”どうして君は、笑っているの? それに、なんでいつもここに来るの?”
亀は、彼女にそう問う。
けれど喋ることはできなかった。それでもそう伝えたかった亀は、甲羅の中に頭を引っこめては、ひょっこりと出す。
「相変わらず変な亀ね」
女性はしゃがみ、亀の頭を指先で優しく撫でた。
「…… 私ね。すごく幼い、お妃様の妓女をやっているの。でもその子は、幼いのにわがままなんか言わない。痛いとか、苦しいとかも言わないの。我慢強い子……だとは思うんだけど。少しは甘えてほしいって思うの」
とても悲しそうな顔をする。
「苛められていても、やめてって言えないぐらい、気が弱い子なの。だから、私が守ってあげなくちゃ。あの子の……唯一の、味方でいたいから」
優しい姐姐のように。子を守る母のように。暗い表情だけれど、偽りなどそこにはないように見えた。
”大丈夫。あなたなら、できるよ。”
亀の声は、彼女には聞こえない。それでも伝えたいと思う気持ちはあった。ふと、そのとき、彼女が立ち上がる。
「やめさせなきゃ。金明妃を、守らなきゃ! 手に入れた、あれを使えば……」
女性は亀に振り返ることなく、その場から去っていった。
残された亀は何を思うでもなく、バシャッと音を立て て、池の中へと潜っていった。
□ □ □ ■ ■ ■
試験結果が出るまで約一週間、香 麗然は何をすればいいのかわからずにいた。受験者用の建物に寝泊まりしながら、暇な一日を過ごしていく。
「……うー。やることない」
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そんなことがもう二日も続き、彼女はついに爆発した。
「うがー! もう、つまんないわ。何にも、やることないんだもの。そういえば、同じ受験者の人たち何してるのかしら?」
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